龍輝の姫は未来へと歩きだす。(後)


 船を降りて、着いた瞬間から様々なものが、これまで過ごした街や国とは、まったく違うことに気がついた。まずは空気、香水のような甘い花の香りがする。街の家屋は純和風なんだけど、瓦や壁が白やピンクや黄色といった可愛らしい配色なのが特徴的だ。すれ違う女たちは鮮やかな花が描かれた着物を着ている。たまに洋服を着ている女たちも見かけた。そしてどこの世界でも女たちは、おしゃべりが大好きなようで、そこかしこで賑やかな井戸端会議が開かれている。


「待っていたよ。龍輝の姫様」


 街見物に夢中になっていると、頭上から艶やかな声が降ってくる。声のした建物を見上げると、真っ赤な薔薇の描かれた着物を着崩した金の髪の毛が美しい女が、紅いベニがひかれた口元に笑みを浮かべ、私とアムリを見下ろしていた。


「遠慮はいらない。そこの玄関から入って二階に上がっておいで」

「う、うん。おじゃましまーす」


 すぐ左手側の建物の引き戸を、カラカラいわせ開ける。入った瞬間、薔薇のお香の濃厚な匂いに包まれた。アムリには匂いがキツすぎたのか、私の胸元に潜り込んでしまった。


 二階へ続く階段をギシギシいわせ上っていく。ますますお香の香りが強くなる。嫌いではないけど、個人的にはほんのり匂うくらいが好みだ。でもどうしてだろう? この酔いそうなほど濃い香りが懐かしく感じる。


「噂通りの可愛らしいお嬢さんだね」


 二階に上がると、待ってましたとばかりに先程の女が片手に煙管を持って私たちを出迎えた。豊満な胸によってハダけた着物が、今にもスルッと落ちてしまいそうで、目のやり場に困る。


「アタシの部屋で話そうか。こちらにいらっしゃい」

「は、はい!」


 緊張気味の私に「本当に可愛らしいわね」と言って微笑むと、着物の裾を引きずる音を立てながら、二階の一番奥の部屋の襖を開けて入っていく。


「適当に座ってちょうだい」

「はい」


 部屋の中も和風なんだけど、畳の上に毛足の長い赤いふかふか絨毯が敷かれ、壁際の木製ベッドには羽毛布団、窓辺には揺り椅子が置かれているので洋風な雰囲気だ。中央の木製テーブルセットの椅子に腰掛けた。


「アタシはこの街の領主レダよ。よろしくお願いね」

「私はマホロです。よろしくね」

「ふふふ。なにから話そうかしらね」


 ゆったりとした動作で、私と対面側の椅子に座って足を組む。とたんに着物がハダけて太腿が露わになる。匂いたつような色気と妖艶な仕草に女同士だと言うのに、なんだかドキドキしてしまう。


「あの! 私の正体と言うか、性別もだけど、なんで分かったの?」

「ん〜……。そうね。やっぱりそこから話すべきよね」


 煙管を片手で弄びながら、グリーンの瞳を細め私を見つめる。まるで魂の中まで暴かれそうなほどの鋭い視線だ。思わず喉がゴクリと鳴ってしまう。


「マホロ貴女のことを知っていたのはね。アタシのスキルが、貴女の魂がナリディーアに来ることを知らせてきたからなのよ」

「スキルが知らせてくるなんて初めて聞いたわ。一体どういうスキルなの?」

「ふふふ。千里眼とか心眼って聞いたことないかしら?」

「遠いところの出来事や、人の心を視て感じられる能力よね?」

「えぇ。その通りよ。アタシのは過去と少し先の未来も視えるのよ」

「そっか。だから私の事を知っていたのね」

「ふふふ。あとはそうね。アタシと貴女は縁が深いから分かってしまったみたいなのよね」

「深い縁?」

「アタシはね。貴女の母親の魂を持っているのよ」

「!? 母さんも転生してたの!」


 驚いて立ち上がる私を見て、面白そうに楽しそうにレダさんはころころ笑う。


「転生なのかは分からないの。けれどもね。成人の儀の日スキルに目覚めてから、断片的に貴女と共に生きた日本での記憶が蘇ってきたの」

「そうなんだ。でもなんで今まで知らせてくれなかったの?」

「たしかに貴女のことが気がかりで心配ではあったの。でもね。たとえ魂は一緒でもアタシには今の生活があるのよ。晴人と違ってアタシは”今”を選んだのよ」

「どうして? って聞いてもいい?」

「スキルを得る前から、愛し合ってた人がいるの。だからその人との未来を選んだのよ」


 晴人は”過去を含めた今の私”を選んだ。けど母さんは”愛する人との今と未来”を求め選んだんだ。特に母さんはフェリスの洗脳によって、自殺に見せかけて殺されたのだ。今が母さんにとって幸せならば、ナリディーアでの今の生活を選んでも不思議ではないし当然なのかもしれない。


「母さんは今、幸せなのね」

「えぇ。可愛い恋人と一緒にいられるんだもの幸せよ。マホロ貴女も幸せなのでしょう?」

「うん。晴人といられる今が幸せよ」

「ならば大丈夫よ。でも困ったことがあればアタシを頼ってね」

「ありがと。私もレダさんが困ってるときは駆けつけるわ」


 その後も色々な話をとめどもなくして過ごした。ちなみにレダさんの愛する人は、同じミラの街に住むサラさんというらしい。菊の柄の着物がよく似合う、日本人形のように黒髪が美しい女性なんだそうだ。サラさんのことを話すレダさんは幸せそのもので、同時に母さんの魂を持っているけど、今はナリディーアで違う人生を歩んでいるのだとハッキリと分かってしまった。さみしいけど、生きていると知ることができただけでも良かったと思うことにした。


 私には晴人がいる。だから大丈夫。


 一泊二日、かなり濃厚な時間を過ごすことができた。


 港までレダさんは見送りにきてくれた。相変わらず着物の裾をひきずってるけど気にする様子はない。


「またいつでも遊びにおいで」

「うん! またね」


 船が動きだすと、ゆるゆるとレダさんが手を振る。私もレダさんに向かい手を振る。


 同じナリディーアにいるんだから、いつでも会いに来られる。


 島を離れるにつれ、花の香りが薄くなっていく。するとようやくアムリが懐から顔を出した。ミラの街は海に囲まれて守りを固めるのに最適なのもあるけど、濃い花の香りは魔物避けにもなるんだそうだ。アムリには大変な旅行だったのかもしれない。


「ユーメの港でお魚でも食べよっか」

「うにゃん!」


 レダさんの姿が完全に見えなくなってから、甲板に座りこんだ。帰り際に渡された薔薇のお香を両手で包み込む。この香りを懐かしく感じたのは、母さんがいつも部屋で焚いていたからだと思いだした。


「やっぱり魂は同じなのね」



 龍輝城に帰ると、晴人が微笑んで待っていてくれた。


「おかえりマホロ」

「ただいま晴人」


 ふわりと抱きしめられて、爽やかな晴人の匂いに包まれて、ようやく安心できた。やっぱりここが自分の居場所だと思えた。


「ミラの街はどうだったんだ?」

「うん。それがね……」


 たった二日間の出来事にも関わらず、晴人に伝えたいことが多すぎて寝る直前まで話しこんでしまった。疲れていたアムリは座布団の上で熟睡してる。


「まさかレダが、マホロの母親の魂が転生した姿だったとはな」

「でもさ。記憶が断片的で曖昧なところが多すぎて実感が湧かなかったって言っていたわ」

「なるほど。もしかしたらフェリスに洗脳されていたのと殺されたショックで、ナリディーアに不完全な形で転生してしまっていた可能性があるな」

「やっぱりそれしか無いわよね? ユラで洗脳されていた人たちも、記憶があやふやだって言ってたし」

「あぁ。だがさみしくはないか? せっかく前世の母親に会えたんだ一緒に……」

「それはいいの!」


 晴人の言葉を遮ってしまう。でも私の中では、もう答えは出てる。


「本当にいいのか?」

「うん。私はもう晴人を選んだの。今も、そしてこれからの未来も晴人しかいらないし、他の選択肢があったとしても迷わないわ」


 たぶんレダさんが、あの時一緒に暮らそうと言ってくれたとしても断った。


「そうか」

「うん! 私には晴人がいるからね!」

「俺を選んでくれて嬉しい。さみしい思いはさせないと誓う」

「ふふふ。晴人といれば、さみしいなんて思ったことないわ」


 何度でも愛は確かめればいい。それだけで心は温かく満たされるからね。


「そう言えば、晴人はどこに行ってたの? 私と一緒に出発したわよね?」

「ソラの街に行っていた」

「そっか。晴人にも手紙がきてたもんね。ウルキくんの様子どうだった?」

「ウルキは今、文字を習いに行っているそうだ」

「学校に行きはじめたんだね」

「あぁ。父の仕事を手伝うためだと頑張っているようだな。どうやら父の体調が良くなって、すっかり元の生活に戻れたとも言っていた」

「良かったわ」

「あとこれを受けとってくれ」


 ジーパンのポケットから小さな茶色い包みを出すと、私の手に握らせた。


「開けてもいい?」

「もちろんだ」


 カサカサ音を立てて包みを開く。


「これって!」

「あぁ。工芸品店ユウキで買ってきたんだ」


 包みから出てきたのは、胴体が少しくねっていてウインクした表情が可愛い猫の木彫りのネックレス。ソラの街に行った時に可愛いくて欲しいと思っていたものだ。


「可愛い! 貰ってもいいの?」


 私がぴょんぴょん跳ねて全身で喜ぶと、晴人は私の頭をくしゃりと撫でて「使ってくれたら嬉しい」と言ってネックレスを手にとり、私の後ろに回りこんでつけてくれた。


「この猫の木彫りは御守りにもなると店の主人が言ってたから、きっとマホロを守ってくれるはずだ」

「ありがと! すっごく嬉しい!!」


 胸元で揺れる猫を握りしめる。



 女の街ミラから帰ってきてから一週間が過ぎた。朝から雨が降ってるし、晴人はアディルと一緒に、フェリスの様子を見に行ってしまっていない。「暇なら、ついてくるか?」と晴人に聞かれたが、フェリスに会いたくないので断った。


「雨が降るとやることが無いわねー……」


 自室の畳の上に転がって、窓を打ちつける雨粒を恨めしげに見ながら溜め息を漏らす。


 ぼんやりしながら今さらだけど、ふと思ったのは、ここって一応BL世界ってことになってるのよね? まぁ、途中で異世界に本当に転生してしまって、ナリディーアが現実だと分かってしまったんだけど、それは置いておいて気になっている事がある。


「ね! アムリ、ここがBL世界じゃないと分かっていても、レダさんからサラさんの話を聞いちゃうと期待してしまうのよ!」


 私の布団の上で丸くなって眠っていたアムリに声をかける。突然の問いかけにアムリは、顔だけあげて私の方をみる。


【なにをだ?】

「そんなの決まってるじゃない! イケメン同士のカップルよ!」

【そんなものマホロの身近にいるではないか】

「え? どこに?」

【アディルとアキハナ、それからフェリスあやつも領主だった男といい仲のようだぞ】

「まさかの知り合い全員が!?」

【気がついておらんかったのか?】

「なんとなく、あやしいなくらいにしか思ってなかったわね」

【ククク。ナリディーアでは珍しくもない。この城の下働きにもおるからな】


 楽しげに三本の尻尾をアムリは揺らしてから、再び昼寝の続きをするつもりのようで丸くなってしまった。


「そっか、この城の中にもいるのね! たしかに男の子は可愛い子が多いし、二十歳過ぎの男たちはイケメンだし、フウガさんくらいの年齢の人たちはイケオジって感じよね!」


 今日の予定はイケメン観察に決まった。


 久しぶりにモブスキルを発動させると、城の中をくまなく歩いて見て回る。それこそ下働きの宿泊所まで足を運んだ。


「そんなところで、なにをしてる?」


 ウキウキで城内探索に夢中になっていたら突然、後ろから肩をポンッと叩かれた。


 ビクッと身体が跳ねる。


 振り返ると、帰って来ていた晴人が不思議そうに私を見ていた。


「城の探検と観察してたのよ!」


 慌てて誤魔化す。嘘はついてない。本当の目的がイケメン観察だっただけだ。


「そうか。面白いことはあったか?」

「うん。この城にも抜け道があるのが分かったわ」

「なんだそれは?」

「え!? だって用具をしまう倉庫の奥に扉があって人が出入りしてたわよ?」

「俺は知らないぞ?」

「……」

「……フウガに調べさせる」


 イケメン観察だったはずが、あやしい通路を見つけてしまったみたい。その後フウガさんの調べで、とある下働きの男が城の食糧や資材の備蓄を、街に持っていって売り払っていたのが判明した。


「マホロのおかげで損害が大きくなる前に犯人を捕まえることができた。ありがとう」

「良かったわ」

「これからも時間がある時は自由に見て回ってくれ。そして何かあれば俺かフウガに伝えて欲しい」

「うん! 分かったわ」


 晴人公認で城内を徘徊することが出来るようになった。しかも城の見取り図まで貰って、更にイケメン観察、もとい見回りがはかどりそうだ。



 それから三年後、私は正式に晴人と結婚して龍輝の妃となった。


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