龍輝の姫は未来へと歩きだす。(前)
私がナリディーアに来てから、五年の年月が過ぎていた。
晴人の王としての仕事が終わったあと毎日、寝る直前まで時間が許す限りナリディーアの歴史を教えてもらったり書物を読んだりするのが日課になっていた。休みの時なんかは馬術や剣術を習いながら、割と忙しい毎日を過ごしていた。
◇
今日は晴人が、隣国メルガリスに届け物をするとかでいないので、久しぶりの休日といったところだ。なのでアムリと一緒に昼過ぎまで布団に潜りこんで、だらしなくゴロゴロしていたんだけど、襖の向こう側に人の気配を感じて起き上がる。
「マホロ様宛にお手紙が届いております」
「ありがと。入ってもいいわよ」
「失礼いたします」
スルスルと襖が開いて、フウガさんが三通の手紙を「どうぞ」と言って渡してくれた。アフタヌーンティーにでも誘おうかと思ったけど、忙しいようでお辞儀をすると、すぐに部屋から出ていってしまった。
渡された手紙の一通目は、木片にたどたどしい文字で書かれたもので、ソラの街のソバカス少年ウルキくんからだ。あの事件後、無事にお父さんが帰ってきたと手紙が届いたのだ。そして今も、ときおり手紙をくれている。
今回の手紙には、帰ってきた時は父さんの身体が思うように動かくて大変だった。けど父さん最近ようやく仕事に復帰することができて、今は父さんに仕事を教えてもらいながら二人で頑張っていると書いてあった。
「元気にしてるのか気になってたから安心したわ。お父さんの容態も、ようやく落ち着いたみたいで本当に良かったわ」
「にゃにゃにゃん!」
きっとユラの街で倒れていた人々は、ウルキくんのお父さんと同じで、今頃は元気と健康を取り戻していることだろう。
二通目は、蛇腹折りになった木束に丁寧な文字で書かれたもので、フェリスをサポートしている元領主さんからだ。実は定期的にフェリスの様子を手紙で知らせてくれている。
ユラの街は完全に復興を果たし、フェリスの献身的な働きと熱意が伝わって正式に国王する動きまである。数年のうちにユラの国として復活を遂げそうだ。と書かれている。
「まぁ、あいつ性格はアレだけど、基本的には真面目だから大丈夫そうよね。なるべく会いたくはないけど……」
「にゃ〜……」
フェリス自身かなり反省していたから、二度と過ちは犯さないと信じたい。色々問題ありだけど元領主さんがフェリスを支えているうちは、なんとかなりそうだと思う。
問題は最後の三通目の手紙だ。
貴重な紙を使った封筒に、街の紋章入りの封蝋が押してある正式な手紙だ。開封して取り出した便箋にも金色の美しい街の紋章が描かれて、紙に走るのは流麗な文字。
「ひととおり読んだけど、晴人が帰ってきてから行くかどうか決めた方が良さそうよね」
「にゃ〜ん」
夕飯を食べてから、部屋でくつろいでいると、晴人の部屋の襖が開け閉めされる音が聞こえたので向かうことにした。
「晴人、今いいかな?」
「あぁ。かまわない」
襖を開けて入ると、スーツ姿の晴人がネクタイを解いていた。
「おかえりなさい」
「ただいま。何かあったのか?」
「うん。これ読んでみて」
晴人に持っていた手紙を渡す。封筒からカサカサ音を立てて便箋を出して読んで、晴人が深い溜め息をついた。封筒と便箋を晴人が文机に置く。その手紙を見て、思わず二人で頭を抱えてしまう。
「これは私が女の子だって気がついてるってことよね?」
普段の私は、外を出歩くとき必ず長いグレーの髪の毛を結い上げ帽子をかぶっているし、いまだに胸も膨らんでこないので、半袖シャツにジーパンをはいていれば男の子に見える。まず女だとバレたことはない。
「どこで情報が漏れたのか分からないが、間違いなくマホロが女性だと分かったうえで誘ってきたな」
あえていうなら龍輝城内では、楽な格好をしてるから城で働く者たちには、女だとバレてるし知られてる。けど城内の人々は晴人の両親の代から仕えている信頼のおける者たちばかりだ。秘密を漏らすとは考えにくい。
手紙の外見は立派なのだけど、内容はというとかなり気安い感じで短い文章だったりする。
—————————
龍輝の姫マホロ様。
初めまして龍輝の姫。
アタシはミラの街を束ねるレダよ。
そちらの大陸のゴタゴタは、もう終わったのでしょう?
早くアタシのところに挨拶に来なさい。可愛い姫の姿を見てみたいわ。
ユーメの港、カリンって酒場までおいで。そこの主人に、手紙を見せて「レダに呼ばれた」って言えば、船を出してくれるはずよ。
待ってるわ。
レダ
—————————
「まるで友達に会うみたいな手紙よね。これ」
「まぁ。レダは誰に対しても、こんな感じではあるが、問題はやはりマホロに関しての情報だな」
「うん。私が成人して晴人と結婚する時までは、女だってことは秘密にする約束だからね」
「あぁ。とはいえマホロは馬術も剣術も覚えが早かったし、今では龍輝の男たちでマホロに敵うものはいない。だからもしバレたとしても心配はしていない。が、問題は魔物だな。人間とは違い匂いで男女が分かってしまうようだからな」
とにかくナリディーアは女には過酷な世界だ。特に魔物が危険で筋張った男より、肉の柔らかい女しかも子供を襲うそうなのだ。だから身を守るために女の子は成人するまで、女人の街ミラから出ることを許されないくらい厳しいと聞かされた。
「まだ魔物には遭遇したことがないんだけど、そんなにも恐ろしいの?」
「あぁ。ヤツラは群れで襲ってくる。分かりやすく言えば冒険者ランクBの上級くらいの腕前がなくては危険だな」
「そうなんだ。じゃ、結婚したら旦那さん大変よね? 街から出られないんじゃない?」
「成人して結婚した後は旦那の強さしだいといったところかもしれないな。運良く魔法や体術スキルを持った強い旦那と巡り会うことができたら幸運だ。だが中々そこまでの手練れはいないから街中で夫婦でひっそり生きるか、女性はミラの街に戻ってしまうのが普通だと聞いたことがある」
「やっぱり大変なのね……」
「なにがあってもマホロは俺が守るから安心しろ」
「うん。でも私も戦うよ」
嬉しいことも危険なことも色んなこと、すべて二人で一緒がいい。転生して再び晴人と出会えた奇跡を無駄にしたりはしない。
だからこそ行動あるのみ。攻撃は最大の防御とも言うから、行ってみるしかない。
「情報の出どころが知りたいし、女だけの街もやっぱり気になるわ。だから行ってみようと思うの」
「たしかに無視はできないからな。だが護身用の剣は持っていってくれ。あとアムリも連れて行くといい」
「分かったわ。一番、身体に馴染んでるレイピアを持ってく。アムリもよろしくね」
「にゃにゃん!」
もしもの時は匂いすら消せるモブスキルがあるし、アムリがいれば怖いものなしだ。
◇
一週間後、ユーメの港。
昼の強い日差しに照らされキラキラ輝く波だつ海の潮の匂いと、なにか獲物はないかと旋回するカモメの鳴き声、船の出発を促す汽笛、旅路を急ぐ人々の賑やかな声と雑踏。
「まさに港町って感じね」
「にゃにゃん」
アムリを肩に乗せ、指定された『酒場カリン』の場所を、道ゆく人に聞いたらすぐ分かった。美しい海の見えるデッキが目玉で、風景が素敵なのもあるけど、なにより美味しいお酒を出すと有名なんだそうだ。
「ここね。けど凄い行列よね」
昼過ぎなのもあって昼食が目当ての客が、店の外まで並んでいる。きっとデッキで海を見ながら、美味しいご飯を食べたりお酒を飲むつもりなのだろう。
「並ぶしかなさそうね」
「にゃ!」
並んでいて気がついたのは、他の国々より女の人が多いことだ。相変わらず子供は見かけないけど、ユーメが港町で海への玄関口だからかもしれない。ナリディーアでは珍しいエルフや獣人の姿もある。
「あのもしかして龍輝の姫様ではございませんか?」
しばらくぼんやり道ゆく人々を観察していたら、後ろから肩をポンっと軽く肩を叩かれ声をかけられた。
「えっと、君は?」
振り返ると、健康的にこんがり小麦色に日焼けした赤い髪のタンクトップに短パン姿の少年が立っていた。
「オイラは酒場カリンの下働きでアスっていいます。ご主人様がお呼びです。一緒に来ていただけますか?」
「分かったわ。アスくん案内してくれるかな?」
「はい。こちらです」
列から離れアスくんについていく。細い横道を通って店の裏手にあるドアを開ける。たぶん従業員出入口みたいなものだろう。
「お入りください。奥で、ご主人様がお待ちです」
「ありがと。アスくんは入らないの?」
「オイラは仕事がありますから失礼します」
「そっか。頑張ってね」
「はい。ありがとうございます」
声をかけると嬉しそうにニカッと笑って、お辞儀をして元気いっぱいに走っていってしまった。
「おじゃましまーす」
出入口を入って少し薄暗い通路を進むと、まさに海の男といった感じの、ツンツンハリネズミのように短い髪の毛を逆立てた筋肉隆々の黒ツナギを着た男が出迎えてくれた。
「おう! 来たな。龍の姫様、さっそく行こうか」
ニカッと笑うと欠けた前歯が光った。大股で、のっしのっしと歩いていく男のあとを、小走りについていく。入ってきた入口とは、別のドアを男が開けると桟橋に出た。
「今日は天気がいいから半日くらいでミラに着く。乗ってくれ」
「ありがと! よろしくね」
「にゃにゃん」
「おう! 任せろ!」
船は、イメージ的に漁船みたいな外観で、乗り込むと扉のついた部屋に通された。木製だけど椅子も机も置いてあるし窓も開けられる。なかなか快適な空間だ。
「気持ちいいね」
「にゃーん」
開けた窓からは潮風が入ってきて、すぐ近くまでカモメが飛んでくる。アムリも三本の尻尾を揺らめかせ、日の光に輝く海に夢中な様子だ。
「なんでカリンのご主人にまで、私が女だって知られてるんだろね」
「な〜ん……」
秘密にしてることを知られているのは、どうにも落ち着かない。しかも手紙を見せる前に、向こうから声をかけてきたのだ。やっぱりレダさんに聞くしかなさそうだ。
「あ! アムリ、島が見えてきたよ!」
「にゃ!」
最初は小さく見えたので小島かと思いきや近づくにつれ、全体を見渡すことができなくなってしまうほど大きな島だと分かった。
ガタンッと音がして、船が無事に岸に着いた。
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