最終話、この世界で晴人と共に。


 フェリスの真摯な態度によって、様々な国や街がユラの国の復興を手助けしてくれた。もちろんアディルとアキハナも巻き込んだ。お陰で復興の目処が思ったより早くたった。とはいえ龍輝国に帰ってこられたのは事件から半年も過ぎた頃だった。


 そして今日ついに、外からしか見たことがなかった龍輝城の中に足を踏み入れた。


「おかえりなさいませ。龍王晴人様、マホロ様」

「ただいま。フウガ何度も言っているが、継承の儀を終えてないから、まだ俺は龍王ではないぞ」

「ただいま。フウガさん」


 自分の家ではないけど、おかえりと言われると、ただいまって言ってしまうよね。


「靴を脱いでお上がりください」


 入り口を入ると、思った通り日本の城そのもので畳の匂いが香る落ち着いた雰囲気だ。フウガさんと晴人の後ろを、キョロキョロしながらついていく。


「思ったより広いのね。何階建てくらいあるの?」


 ポカンと口が空いてしまうほど、一部屋一部屋が凄く広いし、廊下も広く先が見えないほど長い。時々すれ違う人々は、城で働く者たちなんだろう。ペコとお辞儀をされるので、お辞儀を返しながら歩く。


「俺も全部を把握してはいないが五階まであると聞いた事があるな」

「たしかに迷いそうなくらい部屋いっぱいあるよね。でも見晴らし良さそうね」

「行ってみるか?」

「いいの?」

「あぁ」

「それでは、わたくしは仕事に戻ります。何かございましたらお呼びくだされ」

「分かった」


 フウガさんはお辞儀をすると来た道、廊下を引き返していった。なぜかアムリもフウガさんの肩に乗っていってしまった。





「晴人の育った部屋が見てみたいわ」

「普通の部屋だが?」

「その普通が大切なのよ」

「なるほどな。そうかもしれないな」


 顎に手をやり少し考えてから納得したのか頷いて「こちらだ」と言って、私の手を引いて歩きだす。城の中央付近で立ち止まって晴人が私の方を見る。身長差があるから、いつも見下ろされる感じなんだけど、周りが大人だらけだから慣れてしまった。


「昔からある城だからか、階段が急なんだ。転ぶなよ」

「うん」


 城の階段はたしかに急なんだけど、一段一段が低く段差があまりないので、私でも難なく上がっていける。廊下も階段も窓が少ないけど、ところどころに魔石の明かりが灯されていて薄暗さは感じない。


「ここで俺は幼少期を過ごした」


 三階の東角部屋、とても良い位置にある晴人のプライベート空間。美しい龍が描かれた襖を晴人が開ける。


「やっぱり晴人なんだって思えるわ」

「そうか?」

「うん。家具や物の配置が、ほとんど同じなんだもん」


 魔法石の仄かな光に照らされた質素でシンプルな室内は、年季の入った箪笥が二つと小さな文机が壁際に並んで、ベッド代わりの木の台には太陽の匂いがするフカフカ布団が敷かれている。


「この感じが一番落ち着くんだ。最初は理由が分からなかったんだが、そうか。マホロと過ごした時の記憶が残っていたのかもしれないな」


 箪笥を手のひらで触れながら、遠い過去を思い出しているのか晴人は淡く微笑む。


「きっとそうよ。だって魂は同じなんだから!」

「そうだったな。魂は変わらない。そしてマホロを思う気持ちも変わらない」


 晴人が振り返って、私の頭をくしゃりと撫でる。


「俺の部屋の隣が両親の部屋だったんだ」


 晴人の部屋を出て、すぐ隣の桜と黄金の龍が描かれた襖を開けた。そこには歴代の龍王と妃の描かれた肖像画が飾られている。


「俺の両親の絵は無いんだが、祖父母によく似ていたそうだ」


 指差す方を見ると、美しい着物を着た男女が並んで椅子に座って微笑んでいる。


「口元は晴人にそっくりね」

「そうか?」

「うん」


 何故、肖像画が無いのか? なんて聞かなくても分かってしまう。描かれる前にフェリスの起こした事件で亡くなったのだ。


「ここに俺とマホロお前の肖像画を飾りたいと思っている」


 熱のこもった潤んだ晴人の瞳に見つめられる。親族を前にして、まさにプロポーズと言うやつだ。


「今生も私を選んでくれてありがと晴人」

「どれだけ生まれ変わっても俺はマホロを選ぶ。マホロしかいらない。愛してる」

「私もよ晴人! 愛してるわ」


 ふわりと晴人の両腕が腰にまわされ優しく抱きしめられる。息を吸い込むと、身体の奥深くまで晴人の爽やかな香りで満たされた。


 どれだけの間、抱きしめあっていたか分からないけど、離れがたくて一瞬に感じる。ゆっくり身体を離して、再び廊下へ出て歩きだした。だけど温かい熱を離したくなくて晴人の腕に飛びつき、腕を絡ませた。


「マホロに一つだけ謝らなければならない」

「なにを?」

「俺は記憶が戻った時、マホロの世界に帰る事が出来ないか色々と調べた。だが俺は赤子へと転生したため魂が定着してしまっている事を知った。いつの間にか俺にとってナリディーアが現実世界になっていたんだ」


 廊下で瞬く魔法石で影が揺れる。ゆっくりゆっくり歩きながら晴人は話す。


「たぶんナリディーアにきて1年ほどしか経ってないマホロは世界に魂が定着してない。だから帰るつもりがあれば、もしかしたら帰る事も出来たかもしれない」


 話し続ける晴人の声が小さく萎んでいく。


「その手がかりを知っていながら黙っていて、すまないと思っている。だが、どうしてもマホロと生涯を共にしたいと願ってしまったんだ。こんな狡い俺でも本当にいいか?」


 きっとこれは最終確認だ。けど何度聞かれても私の心は変わらないし、もう決まっている。


「私はもう二度と晴人と離れるつもりは、まったくないし考えられないわ。自分で決めた事だから後悔なんてしない。あと狡くてもなんでもいいの。そんなとこも含めて好きになったの。だから晴人が謝る必要はまったくないわ」


 小狡さや、さまざまな計画を練るくらいできないと王としてやっていけない。政治は狸や狐の化かし合いの世界なんだから、ときには私を利用するくらいじゃなきゃね。


「この扉の向こうが、城で一番の絶景が見られる場所だ」


 長く細い階段を登りきったところの扉の頑丈そうな鍵を晴人が解鍵して、両手で扉を押し開ける。


 ギギィギギギギギィィィ……。


 古くなった蝶番が軋みをあげながら、扉が開いていく。開くにつれて差し込む光が広がって明るく室内を照らす。


 ギシギシ板の間を軋ませ歩き外へ出た。


「わぁ! 本当に見晴らしがいいのね!」

「龍輝国の全てを見下ろす事が出来るからな」


 街の向こう側へゆっくりと沈んでいく太陽。その日の光に照らされ民家の瓦がキラキラ光って美しい。ときおり吹きつける風で、髪の毛が舞い踊る。


「マホロ成人したら俺の妻になってくれ」

「はい。こちらこそ、これからもよろしくね晴人」

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