第24話、覚悟。
襟首をアムリに咥えられ、フェリスは私たちの前に戻され座らされた。
「なぜ助ける? 同情はいらないと言っただろう」
「だから同情なんて、まったくしてないって言ってるじゃない。さっきの言葉も私の本音だけど、あんたが私と晴人に何をしてきたか忘れたとは言わせないわ」
「恨んでいるって言いたいんだろ。だったら僕がどうなってもいいじゃないか」
パシィーン!!
苛立ちのあまり、フェリスに思いっきりビンタした。私の怪力でフェリスは壁まで吹っ飛んだ。
「怨んでるわよ! 家族を殺されて怒らない人なんていないわ!」
「だから僕が死ねばいいん……」
パシィーン!!
まだこのバカは分からないらしい。怒りのあまり再びビンタしてしまう。
「死んで詫びて欲しいわけじゃないわ! 生きて罪を償えって言ってんのよ。ここがあんたの本当の故郷なら、なおさら全身全霊で償うべきよ!」
「僕の過去を知ったなら分かるだろ! この世界はナリディーアは僕を受け入れない!」
「たしかに過去のナリディーアはフェリスを受け入れてはくれなかったかもしれない」
フェリスの身体がビクッと揺れる。
「でもこれから先もそうだとは限らないし未来は分からないし決まってないはずよ。ここは今、街なんて言われてるけど、本当は国だったんでしょ? ならフェリスが立て直すのが筋よ。最初は反発されたりするかもしれないけど、罪を受け入れてやり直すの。そうすればいつかきっと受け入れてもらえる時がくるはずよ」
「そんな事、出来るわけないし、受け入れてもらえるなんてありえないよ……」
過去を知られてしまったからなのか、完全に心が折れてしまったフェリスは、足を抱えてうずくまってしまった。
「わたくしがサポートいたします」
血まみれの男が、おぼつかない足取りで近づいてくると、うつむいくフェリスの肩に手をソッとおく。
「痛めつけた僕が怖くはないのか?」
「怖くはありません。わたくしは、貴方の父君の部下だったのです。王にはなれない身分だったので領主として留守を守っていたにすぎません」
「僕は追放されたんだ。そのままお前が王になればいい」
「父君は後悔されておりました。母君も……。国民が待ち望んだ王子の成人の儀式という事もあり、ほとんどの国民があの場に居合わせたのです。王族であればスキルを持っていて当然だと思われていたために、水晶が輝かなかった瞬間の国民の冷たすぎる視線に……。ご両親は耐えることが出来なかったそうです」
「だから全国民の前で僕を奴隷に堕としたのか……」
「父君も母君も、フェリス様を庇いきれなかったのを悔やんでました。特に母君は愛おしい我が子を守るどころか存在を否定してしまったと泣いておられました」
「……無抵抗のまま僕に殺されたのは、そういうことだったんだな」
「はい。お覚悟なされておられたのだと思います」
「本当に僕でいいのか?」
「もちろんです。フェリス様は、ご存知ないかもしれませんがユラの第一王子は優秀なのもありますが、なかなかの美形ですから人気があったのですよ。王気は発現しませんでしたが、わたくしはフェリス様は王の資質があると思っております」
ゆるゆるとフェリスが顔をあげる。領主の男を見つめる瞳の中には、もう昏く澱んだ色は見えなくなっていた。
【話がまとまったようだな。これ以上ごねるようなら、貴様の記憶を食ってやろうかと思ったが必要ないな】
アムリが尻尾を揺らめかせフェリスに、鋭い視線をおくる。
「……このユラの国を守る事で償っていくよ」
【全身全霊で守るがいい】
これ以上、この場にいたいとは思わないので、晴人と手を繋いで領主の部屋を後にした。アムリも私の肩に飛び乗った。
◇
「私、今まで忘れてたけど思い出したの。たしかにフェリスにマフラーとパンをあげた記憶あるのよ」
「葬式の日が初めてではなかったんだな」
「そうみたい。私にとっては忘れてしまうほど小さな出来事だったの。だけどフェリスにとっては違ったのね」
「マホロを太陽だと言っていたな」
「うん」
倒れている人々を避けながら廊下を歩いていく。
「けっきょく、これ使わなかったわね」
アディルからもらった転移装置を懐から出して握りしめる。力のある魔石だからか、ほんのり温かい。
「そうだな。忙しい時に呼び出して仕事を手伝わせる」
「いい考えね」
緊急じゃない呼び出しでも、アディルなら笑って楽しんでくれるに違いない。さすがに仕事は嫌そうな顔をするかもしれないけどね。
「龍輝国からも救援を送った方が良さそうだな」
「そうね」
階段にもけっこうな人数が倒れている。意識が戻り苦しそうに呻き声を上げてる人もいて、街の復興はかなり大変かもしれないと思ってしまう。
城から出ると、半透明の不気味なドームも消えて赤紫の湿った生臭い空気は薄れはじめていた。
「お! おかえり! やっぱり心配になって追いかけてきたんだけど無事に終わったんだね」
「お二人とも無事で良かったです。お疲れさまでした」
馬車に向かって歩いていくと、アディルとアキハナが走って迎えにきていた。
「うん。なんとか終わったよ」
「あぁ。犠牲者を出してしまったが最悪の事態は防ぐことができたはずだ」
「しかし後始末は大変そうだね」
城の内部よりは少ないけど、街のいたるところに、倒れている人や、呻き声をあげながら、うずくまっている人がいる。
「領主さんがフェリスを支えていくって言ってたから、きっとどうにかなると思うけど、ここまで酷いと大変そうね」
「仕方ないが俺たちも復興の手助けするつもりだからな」
「そうよね。ここにいる人たちは巻き込まれただけだからね」
「じゃ! オレの国からも浄化スキル持ち連れてくるよ」
「ボクもできるかぎり手伝います」
「そうと決まれば、一度メルガリスに戻って人手を連れてくるよ。いくよアキハナ!」
「はい。ではまた」
アディルは、こうと決めたらすぐに行動タイプのようで、晴人が何か言葉を返す前にさっさと自分の国に向かってしまった。アキハナも慌ててアディルの後を走ってついていく。
二人の姿が見えなくなって静かになると、再び晴人と馬車に向かって歩きだす。
「分からない事があるの」
「なんだ?」
「フェリスのスキルよ。私と晴人にだけ効かないなんて不思議よね」
「そうだな。あの領主に効いていたようだからな。代理とはいえ領主は王と同格扱いのはずなんだが?」
【それはヤツが一度マホロの世界に行って身につけたスキルだからだ。二つの世界の人間には洗脳スキルが有効だが、ヤツと同じく世界を渡った晴人と想定外の人間マホロには、洗脳が効かなかったのであろうな】
「じゃあ、もしかしてアディルに私の姿が見えなかったのも同じようなもの?」
【そうだ。二つの世界を渡って手にしたスキルは、王にも有効だ】
ずっとモヤモヤしていたから、アムリが教えてくれてスッキリした。
「アムリもう一つ教えて?」
【なんだ?】
「晴人はフェリスに強制的にナリディーアに飛ばされたって言うのは分かったんだけど、私はフェリスが呼んだわけじゃないのよね?」
【あぁ。マホロの場合は特殊な転生だな。記憶が蘇った晴人のマホロを想う力が強かったのだな。だから無意識にマホロをナリディーアに召喚してしまった。フェリスにとっては想定外だったようだがな】
想う力。
晴人に呼ばれたんだ私。
嬉しくなって顔がにやけてしまう。
「俺は記憶が蘇ってからは、ずっとマホロに会いたいと思っていた。だからアムリの言葉通り俺がマホロをナリディーアに呼んだんだろう」
「晴人、私を呼んでくれてありがと」
「だが元の世界には帰れない。恨まないのか?」
「晴人のいる世界が私の生きていきたい場所。だから恨んだりしない。むしろナリディーアに来る事が出来て幸せなの」
私がそう言った瞬間、体がふわっと浮きあがる。晴人にお姫さま抱っこされた。そして倒れている人々を避けながら、ものすごい速さで街を走り抜ける。
誰もいない道の真ん中にくると、
「今の俺を選んでくれたマホロに愛の祝福を」
チュッと軽い音と共に額にキスをされた。
喜びに身体が熱くなり、心が歓喜に震える。
元の世界にまったく心残りがないと言えば嘘になるけど、私には晴人いるこの世界こそが現実で生きていきたい場所なんだと、自分の心が想いが訴えて知らせてくる。
「私を呼んでくれた晴人に愛の祝福を」
精いっぱい体を伸ばして私からも、晴人に祝福のキスを額にする。
迷いは今、完全に消えた。
ナリディーアで私は生きていく。
◇
フェリスの起こした事件は、城にいた者たち全員に記憶がまったく無かった事から、噂に翻弄されただけという事にした。洗脳スキルを解除した瞬間、洗脳されていた間の記憶が抜けてしまったのだろう。
一番の問題であった魔法陣の犠牲者の多くが奴隷だったのが、大きな騒ぎにならなかった理由でもあった。
「奴隷だからいいなんておかしいわよ! 同じ命なのに! あんなに沢山犠牲者がでたのに!」
言っても仕方ないと分かっているはずなのに、勢いで晴人に詰め寄ってしまった。
「これが今のナリディーアなんだ。いずれ変えていきたいと思っている。俺だけでは変えることは難しい。だからマホロと一緒に、この世界を変えていきたいと思っている」
「分かったわ。晴人と一緒にナリディーアを変えるわ」
ツラそうに晴人は顔を歪め拳を震わせた。晴人も本当はナリディーアを変えたいと思っているのだと分かった。
事件から二週間後。
ユラの国、復興の為に助けを求める書簡を、フェリス自ら届けに龍輝国にやってきた。アディルの国にはフェリスは入れないので、晴人がメルガリスまで運んで伝える約束をした。
「マホロ、これからの僕を見ていて欲しい。もう二度と間違いを犯さないように」
「甘えないで。けどあんたが良い国王になったら許してあげてもいいわ」
「分かった。命を賭してやり遂げるよ」
書簡を晴人に届けた後ユラの国に帰る前に、フェリスが私に会いにきた。しかもまるで王か神に謁見するかのように膝をつき誓いを立てた。
その後、龍輝国を出発したフェリスは書簡を周辺国すべてに届けて回った。これから償い続けていく覚悟の表れだったのかもしれない。
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