第19話、ユラの街、再び。


 朝、障子の隙間からもれる朝の柔らかな日差しと、枕のゴツゴツした感じが気になって目が覚めた。


 固いけど弾力のある枕は、晴人の腕枕だった。


「マホロ起きたか」


 目の前には吐息まで感じるゼロ距離に、晴人の整った顔のドアップ。


「う、うん。おはよ晴人」


 見惚れてしまって、声がうわずる。


「顔が少し赤いようだが?」

「だ、大丈夫よ!」


 私の額に手をのせ、更に顔を近づけてくる晴人に、顔がボワンとまるで湯気が立ちのぼるように熱くなってしまった。


「ならばいいが、今日は一日中、馬車で過ごすことになるからツラかったら言ってくれ」

「ありがと」


 良かった。赤面してしまったのは誤魔化せたはず。


「うにゃん!」


 ドキドキソワソワな朝のひとときを容赦なく打ち破ってくれたのはアムリ。元気よく私のお腹に飛び乗ってきた。


「おはよアムリ」

「にゃん」


 起きたタイミングでノックが鳴り、朝食が運ばれてきた。今回はとれたて新鮮な焼き魚で油がのった美味しいものだった。もちろんじっくり味わって堪能。アムリも魚は大歓迎で大喜びの様子。


「アディルたちが待ってる。そろそろ行こうか」

「そうだね。天気が良くて良かった」

「にゃん」


 半開きだった障子を全開にして、朝の空気を胸いっぱい吸い込む。アムリも私の肩に乗って、私のマネをするように鼻をヒクヒクさせて朝の匂いを嗅いだ。


 一階に降りて、玄関先で靴を履いていると、パタパタ草履を鳴らし旦那さんが駆け寄ってきて大きな風呂敷を晴人に渡し「道中でお食べくださいね」と言っているのが聞こえた。お弁当かもしれない。


「晴人坊ちゃん、またいつでもお泊りに来てくださいね」

「世話になった。今度はアディルたちも連れてくる」

「楽しみにしております。道中お気をつけていってらっしゃいませ」

「またな」

「ありがと! 旦那さん、ご飯凄く美味しかったわ」

「にゃにゃん」


 手を振りながらお礼を言うと、旦那さんは嬉しそうに顔をくしゃとさせて微笑み、ペコリとお辞儀をして送りだしてくれた。


 二人で手を繋いで歩きだす。子供の一人歩きが危ないからなんだけど、晴人と手を繋いでいられるのは嬉しい。


「旦那さん、優しい田舎のお爺ちゃんって感じだね」

「そうだろう。あの宿は旦那の人柄がいいと人気なんだ」

「分かるなぁ。宿の雰囲気も良いしお料理も美味しかったもの」

「全てが解決したら、また来るとしよう」

「うん!」

「にゃん!」


 昨夜はとても賑やかだった大通りは、まだ六時を回ったばかりで朝早いからか人通りも少ない。私たち以外、誰も歩いてはいない。


「朝は静かなのね」

「龍輝国は昼から動き出すからな。まだ寝てる者が多いのだろうな。この時間、起きてるのは商人や店の者たち。それから俺たちのように旅の者だな」

「そうなんだ。昨日は夕方だったから賑やかだったんだね」

「あぁ。夜中の方が元気な街かもしれんな」

「夜景も綺麗だったもんね」


 話しをしながら馬車の待つ路地に入っていく。さすがにこの辺りは賑やかだ。旅立ちの準備をする者、馬車に向かって大声で弁当を売り歩く者、馬のいななき、人々の話声に雑踏。



「ようやく来たな晴人」

「おはようございます。龍王様、マホロさん」


 馬車の前で待ちかまえていた、アディルが口元をニヤニヤさせながら楽しそう右手を上げて「はよ!」と挨拶しながら近づいてきた。その後でアキハナがペコっとお辞儀する。


「おはよう。お前たち早いな」

「おはよう。アディル、アキハナ」

「にゃん」

「みなさん、おはようございます。今、準備いたしますね」


 馬の蹄鉄のカッポカッポとリズム感のいい音と共に、私たちの後ろからクレダさんが歩いてきた。


「クレダおはよう。なるべく早くユラの街に行きたい。俺も馬車の運転を途中で変わる。急ぎで頼む」

「おはよう。オレも馬車くらい操れるから、三人で交代しながら行けばいいよ!」

「ありがとうございます。よろしくおねがいします。ではまいりましょう」


 テキパキと馬を馬車に繋ぎ、クレダさんは御者台に乗った。残念ながら私とアキハナは、まだ馬車は操れないので乗せてもらうだけだ。


「フウガさんは?」


 辺りを見回したけど、フウガさんの姿が見当たらない。


「共に行きたいと申しておりましたが、フウガは国王代行の忙しい身ですですから、皆様によろしくとだけ言っておりましたよ」

「そっか。今度、会ったら色々な話聞きたいな」

「フウガもマホロ様とお話しするのを楽しみにしているようでした。さぁ、準備が整いましたので出発いたしましょう」


 いつものように晴人に抱えてもらって馬車に乗ると、アディルとアキハナは、ちゃっかり先に乗りこんで座って話しこんでいた。なので二人の向かい側に座る。


 馬車はゆっくりと走りだす。車窓のカーテンを開くと朝の光が差しこんで眩しいくらい。


「少し窓開けていい?」

「あぁ」


 カタンと音を立てて窓を開けると、朝独特の冷えた空気が入ってきて気持ちいい。帽子を取るとグレーの髪の毛が風に踊る。


「にゃん」


 アムリも窓枠に前足をかけて風を楽しむ。


 馬車は街中を早足で走り抜けていく、龍輝国は街を囲む高い塀や門も無いので、民家がしだいに減っていき、ポツポツとしか建物がなくなって、ついには背の低い木々をたまに見かけるくらいの草原になっていって、ようやく国の外側に出たことが分かった。


「龍輝国から出ちゃったのね」

「あぁ。そろそろスピードを出す。窓を閉めた方がいいだろうな」

「そうだね。今はいいけど、そのうち砂漠に入るから砂埃が入ってくるよ」


 アディルが立ち上がって窓を閉めてくれた。


「ソラの街は通らないんだ?」

「一気にユラの街に向かうからな。近道するとなると砂漠を通る事になるんだ」

「てっきりソラの街の方が近いと思ったわ」

「龍輝国からだと、方角が違うだけでソラの街もユラの街も同じくらいの距離なんだ。そうだな……ユラの方が多少近いな」

「じゃ、もしかして結鬼村は龍輝国とユラの街の間くらいにあるの?」

「あぁ。大体そんな感じだな。ソラの街は俺のマンションが近い」

「でもってオレの国メルガリスは、晴人のマンションを通り過ぎて、更に馬車で二週間ほどの位置にあるんだよ」


 晴人の説明にアディルが付け加える。国と街の大体の位置が分かったような気がする。アキハナも興味津々で聞いてる。


 私はというとゲーム上では、名前すら出てこない知らない小さな国々がひしめき合ってる事に驚いた。同時にこのナリディーアは本当に”ゲームの中の世界なのか? “と、疑いはじめていたりする。


「思ったより街や国が近いのね」

「まぁ、そうだね。国や街同士は比較的、仲が良いから近いのは色々な意味で便利なんだよね」

「だが女の街ミラだけは、海を渡らないと行く事は出来ない」

「あそこは警備も半端ないからね」

「何か問題があってもいけないからってこと?」

「そういうこと。何故だかナリディーアは女性が非常に少ない。だから守るべき者なんだよね。それこそ自分のお嫁さんともなれば命をかけるくらいの誓いを立てなくちゃいけない」


 命をかけても守るのは、かっこいいと思うけど大変そう。でもBLゲームの世界なのだから、それは仕方ないのかもしれない。とはいえ本当にナリディーアが、ゲームの中の世界かはやっぱり疑問が残るんだけどね。


「女性だけの国、ちょっと興味あるかも!」

「それはマホロが成人したら行けるから楽しみにしておくと良いよ!」


 ウインクしながら意味深な笑みを浮かべるアディルの頭を、晴人が立ち上がって叩く。バシンッと凄くいい音がした。


「マホロに変な情報与えるな」

「もしかして妬いてんのか?」


 バシンッ!!


「いったいなぁ〜! 暴力反対!!」

「知らん」


 再びバシンッ! と小気味のいい音が響く。遠慮のない感じが二人の仲の良さをものがたっている。


 この後も他愛のない話で盛り上がりながら、馬車の運転を三人で交代しながら超特急で走り抜けていく。駆け足だからか馬車の揺れが酷くて、たまにガタンッと大きく揺れては体が跳ねてしまう。


「そろそろ腹が空いただろう?」

「お! その風呂敷は旦那のとこのかい?」

「あぁ。握り飯を用意してもらった」

「旦那んとこの飯は美味いからね」


 旦那さんから渡された風呂敷を晴人が開き、竹皮に包まれたおにぎりを配る。もちろんクレダさんにも窓を開けて渡す。


「大きいけど美味しいから食べられちゃいそうね」


 自分の顔ほどのサイズのおにぎりの中には、おかかと昆布と梅干しが入っていて、どこから食べても美味しい贅沢なもの。


「にゃにゃ〜ん」


 アムリのおにぎりは少し小ぶりで鰹節ご飯になっているんだけど、そうとう美味しいのか顔の周りにご飯粒をつけて夢中で食べてる。


「本当に美味しいです」

「だよね!」


 アキハナも嬉しそうに頬張っている。その隣のアディルは大きく口を開け一気に半分くらい口に詰め込んで食べ続ける。


「うん。やはり旦那の握り飯は美味いな」


 意外と言っては失礼かもだけど、晴人は一口一口ゆっくり上品に食べていく。



 日が沈み夜の闇に覆われると、馬車のスピードが緩くなり揺れも少なくなった。暗闇に包まれる外を見ていると、前方が仄かに景色が赤く揺らめくのが分かった。


「晴人、何か見えてきたよ」

「ユラの街だな」

「だけど様子が変じゃない?」

「あぁ。街灯の光ではなさそうだな」


 窓の外はユラの街に近づくにつれて、しだいに濃い赤紫色に変わっていく。


「気味が悪いですね」

「いったい何が起きてるんだろうね?」


 アキハナとアディルも窓に張りつき、外の様子を伺いみる。

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