第17話、密やかな誓いと変わりはじめた想い。


「スキルを知ってしまうと、たしかに適任はマホロしかいないかもしれないなぁ」

「そうですね。あの異常なまでの厳重過ぎる警備は、普通に突破は無理だと思います」


 渋々と言う感じだけどアディルとアキハナも、私がスキルを使って城に入り込むのに賛成してくれた。


「城の見取り図みたいなのがあると助かるんだけど持ってない?」

「ユラは王城ではないから、さほど広くはないがあった方がいいな。ダメ元で聞くがアディルお前は持ってないか?」

「そう言うと思って入手しておいたよ。アキハナ渡してあげて」

「はい」


 返事をすると、アキハナはズボンのポケットから木束を出して私に渡してくれた。受け取った木束は使いこまれたと分かる茶色に変色してはいるけど、上下に紐が通され蛇腹折りになったしっかりしたものだ。カタカタンと音を立てて広げると見取り図が書かれている。特に城の外から内部へ伸びる赤い染料で書かれた細い道に目がいく。


「凄い。これってもしかして隠しルートってやつよね」

「そうだよ。身内でしか分からないような代物なんだ。街全体に異常を感じた領主が側近を城から逃した時に持たせたんだってさ」

「まさか本当に持っていたとはな」

「どうやって手に入れたの? それになんか新情報混ざってたよね」

「隠すほどじゃないから言うけど、ユラの街とメルガリスは交易が盛んだったんだよ。で、王と領主も顔見知りってわけ。だから軍国でもあるメルガリスに助けを要請するつもりで側近を逃がした。けどさ、ユラの街からメルガリスは距離があるから、オレとすれ違って会えなかったらしいんだよな。結局この木束を側近から受け取れたのは三日ほど前、ユラの街だったんだ」


 どうやら側近さんは一度はメルガリスに行ったけど、アディルは行方不明事件を調べるために龍輝国方面に向かってしまった後だった。なのでアディルの後を追ってユラの街に戻ったら会えたって感じみたい。こんな緊急時はスマホとかあったら、すれ違ってしまうなんて事が起きないのにとか思ってしまう。


「ユラの街は、メルガリスより龍輝国方面が近いが、交易が盛んなメルガリス側と交流があるのは納得だな。それに戦力目当てならメルガリスを選んで正解だろう」

「そういうこと。で、作戦は練るほどじゃないからユラの街に向かう道中で考えるとして、せっかく龍輝国に来たんだ観光に行かないかい?」

「え!? いいの?」

「そんなゆっくりしていてもいいのですか?」


 観光しようと立ち上がるアディルに、私とアキハナの声が重なる。だって一刻も早く行かないとって思ってたから驚いた。


「今日一日くらいいいだろう。クレダも休ませたいからな。出発は明日の朝の予定だ」

「そっか。ずっと馬車走らせてくれてたもんね」

「そーゆーこと! じゃ、オレはアキハナとデートしてくるから、また明日」

「いってきます。明日の朝、馬車に戻ります」


 アディルが立ち上がってドアをバンッと派手に開けて出て行く。その後ろを慌ててついていくアキハナ。私たちが、いってらっしゃいと言う前に、二人の姿は街に向かっていってしまった。



「さて俺たちも行こう」

「うん!」

「にゃにゃん!」


 晴人は立ち上がるとアムリを肩に乗せ、私を姫抱っこして開けっ放しになってるドアから、フワリと地面に飛び降りると、ゆっくり私を降ろした。まずは御者台に向かう。


「クレダ俺たちは出かけてくる。明日の朝の出発まで自由にしてくれ」

「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて、ひさかたぶりにフウガと過ごしたいと思いまする」

「あぁ。積もる話もあるだろう。ゆっくりしてくるといい」


 クレダさんとフウガさんは、皺くちゃの顔を更に皺くちゃにして嬉しそうに微笑み、さっそく馬車に鍵をして馬を外し近くの木に繋ぐ。水飲み場と隣に干し草が置いてあるので、馬専用の休憩所って感じなんだと思う。


「それではまた明日」

「明日またご挨拶に伺いますでな」

「あぁ。楽しんできてくれ」


 お辞儀をしながら二人は、ゆっくりと街に向かっていった。私も手を振って見送る。



「まずはどこに行きたい?」

「やっぱりお城でしょ!」

「分かった」


 自然な動作で差し出された晴人の手を握りかえすと、私の歩調に合わせて歩き出す。


 思ったより話し合いが長かったのか、すでに日は傾きはじめていた。街の人々は家路に急いでいるようで、やや急ぎ足で私たちを追い越していく。


 しばらく歩くと大通りに出た。街全体の雰囲気は、まるで江戸時代にタイムスリップした感じだ。静かだった馬車周辺とは違い、人々の話し声や雑踏、様々な食べ物の匂いもする。そんな賑やかな道の真ん中まで行くと晴人が前方を指差す。


「この道が城まで一直線に伸びる大通りで城下町で一番賑わってる地域だ」

「うわぁ! 本当に人が多いしお店も多いね」

「にゃーん!」


 道の両側には様々な店が並び、一直線に伸びた道の先には日本のお城そっくりな建物が見える。そして人々の服装は着物が多い。とはいえ私たちを含めて、洋服を着ている人もいないわけじゃない。


「あれが晴人が生まれ育った龍輝城なのね」


 夕日にあてられ、瓦が煌めき土壁が赤く染まって美しさがきわだつ。


「あぁ。全てが解決したら帰るつもりだ」


 低い声で誓うようにつぶやき、握った手に力が込めらる。いつフェリスが襲ってくるか分からない今、城に帰ったら再び悲劇が起こってしまうかもしれない。だから晴人は帰らないと決めてるんだろう。


「その時は私も一緒に行っていい?」

「もちろんだ。むしろ一緒に来てくれ」

「うん」


 私も答えと共に、ギュッと握りかえした。


 城の向こう側にゆっくり沈んで落ちていく、燃えるような赤い光を放つ美しい太陽を、晴人と二人手を繋いで暗くなるまで見送った。


「夜になっちゃったね」

「だが店の明かりで歩くのには困らないな」

「うん。それに人もまだ多いね」


 キョロキョロ見回す。日が落ちる前よりは人は少ないけど、飲み屋もあるからか笑い声や歌声まで聞こえてきて賑やかさは変わらない。焼き鳥の香ばしい匂いまで漂ってきた。


 きゅるるる〜……。

 くるるぅー……。


 食欲をそそられた私とアムリの腹の虫が鳴いた。


「そう言えば昼飯を食べ損ねたな。では俺のオススメの宿に行こう。美味い飯を出してくれる」

「美味しいご飯」

「にゃ!」


 思わずゴクリと喉がなってしまう。アムリも尻尾をパタパタさせて期待しまくりの様子だ。そんな私たちを見て晴人は楽しそうに面白そうに笑う。


 晴人と手を繋いで歩く。


 元の世界で、晴人と連絡が取れなくなって家まで行ったけど、やっぱり姿が見えなくて探しまわった。焦りの中、時間だけ過ぎていく。いなくなって半年も経つと、考えないようにしてても脳内をよぎるのは最悪の事態ばかり。


 もう二度と会えないかもしれない。


 とまで思ってた。


 けど今、繋がれた手から優しい温もりが伝わってくる。


「どうした? 疲れたのか?」


 立ち止まって振り返る晴人の、心配そうな表情に涙が溢れそうになる。


「ん、大丈夫なんでもないわ!」


 誤魔化すように、晴人の腕に飛びつき、太くがっしりとした逞しい腕を、私は両腕で抱きしめた。


「そうか。だが疲れたら言ってくれ」

「うん。ありがと」


 やっぱり晴人と一緒に生きていきたい。


 もう離れたくない。


 少し前までは”元の世界に帰りたい”の気持ちの方が大きかったのに、今は気持ちが揺れて変わりはじめたことに気がついてしまった。


 大通りを曲がって少し進んだところで、晴人が立ち止まる。


「ここだ」

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