第16話、馬車の中での話し合い。


 馬車は勢いよく走りつづける。車窓から見える景色も高速で流れていく。


 夕食も晴人とクレダさんは交代でとったんだけど、二人は慌ただしくシチューとパンを飲み込むようにして食べてしまった。そして今、食べ終わったクレダさんが目の前で仮眠中だ。一時間ほどで、また交代するからだろう。


「馬車の運転、私も手伝えたらなぁ。晴人に教えてもらって覚えようかな。あと乗馬もできたらいいよね」

「にゃーぅ」


 ふわふわなアムリの体を撫でながら呟く。ミルク味のシチューは野菜がたっぷりで鶏肉まで入って温かくて、パンは固めだけどシチューに浸して食べると相性抜群で美味しかったから、二人にもゆっくり味わってほしかったからだ。


 街を抜けて、街灯もない真っ暗な土の道を馬車はひたすら走り抜けていく。外は闇色で車窓からは何も見えなくなってしまった。途中、晴人とクレダさんが三回ほど馬車の運転を変わったけど、ほとんど休むことなく進む。


 私はというと、お腹もいっぱいだったのもあって、アムリを抱きしめて椅子に横になる。


 ガタゴトガタゴトガタゴト……。


 車輪が跳ねては馬車が揺れる。振動が伝わり、その一定のリズムが心地よくて眠りが訪れた。





「おかえりなさいませ晴人様。お久しゅうございます」

「ただいまフウガ。久しぶりだな。元気そうでなによりだ。城の者たちはどうしてる?」

「晴人様もお元気なご様子。安心いたしました。城の者たちも変わらず元気でございますよ」

「そうか。なら良かった。何か変わった事は無かったか?」


 会話が聞こえて目が覚めた。フウガと呼ばれた男は、なんとなく話し方も声もクレダさんによく似てる。


「変わった事と言うほどでもありませんが、不穏な噂が出回っておりますな」

「ここでも噂か。まさかと思うがユラの街関係じゃないだろうな?」

「はい。そのユラの街でございます。まさかという事は他の街や国でも同じような噂があるのでしょうか?」

「あぁ。ソラの街でな……」


 晴人は今まで聞いた噂、実際に行方不明事件が起きている事を話した。


「なるほど。まったく同じ状況ですな。この龍輝国にも起こっております。とくに数日前に起こった出来事は不気味としかいいようのないもので、大声で『ユラは楽園の入り口! 迷う事はない! 若者たちよユラヘ来い!』と、わめく怪しげな行商人の男がいると通報を受けた兵士が、取り押さえたのですが目の前で自害されたというのでございます。とりあえずはユラの街、奇妙な噂には関わるなと触れを出しておりますが……」

「一体なんなんだ。その楽園というのは?」

「わたくしにも分かりませぬ」


 フウガさんは、苦々しい口調で言ってから深い溜息をついた。


 思わず聞き耳を立てて寝たふりをしてしまったけど、話がひと段落ついた今が起きるタイミングというわけで、ゆっくり起き上がる。かけられていた毛布が、やっぱりずり落ちそうになって慌ててつかむ。晴人の方を見るとアムリが膝の上にちょこんと座っていた。隣にはクレダさんに、そっくりな白髪混じりで顎髭があって黒いローブの男が座ってる。


「おはよ。晴人」

「おはようマホロ。起きてただろ?」

「あはは。バレてた?」

「呼吸が変わるから気づいた。聞いていたなら分かっているかもしれないが、この男は父の側近だったフウガだ。城と街の管理を任せてる」


 フウガさんは立ち上がると、九十度の綺麗なお辞儀をする。


「晴人様からお話は伺っております。クレダの双子の兄、フウガと申します。よろしくお願いいたします」

「マホロです。こちらこそよろしくね」


 私も立ち上がって、ペコリとお辞儀をかえす。


「声も雰囲気も似てるって思ったら、クレダさんのお兄さんだったのね」

「えぇ。わたくし共が隣に並んで当てられた者は晴人様しかおりません」

「お前たちは俺の世話係だったからな。毎日一緒にいたから分かる」


 ちょっぴり得意げな晴人を見てしまうと気になるよね。世話係って事は私の知らない幼い頃の晴人の事、知っているかもしれないじゃない? なので、


「じゃ、晴人の小さい頃の話、いつか聞いてもいい?」


 って感じに、フウガさんに晴人の昔話の予約してみる。


「もちろんいつでもお話させていただきます」

「あまり面白くはないぞ」


 フウガさんはニコニコ顔だけど、晴人は少し照れくさそうに困ったような表情を浮かべた。



 コンコンコンコン!


「ただいま戻りました。クレダでございます。晴人様とマホロ様にお会いしたいと申される、お客人をお連れしました。馬車の中へご案内してもよろしいでしょうか?」


 ノックと共にクレダさんが、情報集めから帰ってきた。ついでにお客さんも一緒みたい。


「誰だろ?」

「会えば分かるだろ。入ってもらってくれ」

「分かりました」


 ガチャッとドアが開いて、クレダさんがお辞儀をしてから横へずれ、今度はお客さんに向かってお辞儀をする。


「どうぞお入りください」

「それでは、わたくしはクレダと外で待機しております」


 馬車の中は大人四人が限界なので、フウガさんはお辞儀をして出ていった。晴人がアムリを抱きかかえながら私の隣に移動してくる。


「や! 久しぶりってほどじゃないけど元気にしてた?」

「こんにちは。マホロさん、龍王様」


 入れ替わりで入ってきたのは、相変わらず軽い感じのアディルが片手を上げてニカッと男らしい笑みを浮かべ、その隣にはおとなしい割に頭の回るアキハナがホワンと柔らかく微笑みながら現れた。


「よく龍輝国に戻ってると分かったな」

「こんにちは。突然どうしたの?」


 予想外の二人の登場に驚き、同時にしゃべった晴人と私の言葉が重なった。そんな私たちを面白そうに見ながら、二人は向かい側に座った。


「くっくっくっ! そんな驚くもんでもないだろ。ユラの街が絡む行方不明事件を追ってたら、ついでにお前たちの足跡も分かったんだよね」

「旅をする大人と子供のペアは意外と目立ってました。しかも神獣様まで連れているのです。ボクたちがユラの話を聞くたびに貴方方の話もでてました」

「これでも一応、変装はしたんだがな」

「うん。私たちだけじゃなくてアムリも目立ってたのね」


 ゲーム内でのアムリは案内役だったけど、たしかに魔猫って、かなり激レアな種族で神獣だったのよね。いつも一緒にいるから忘れてた。


「気をつけるといいたいが、ここまで俺たちの動向が知られてるなら、いまさら隠す必要もなさそうだな」

「そうね。むしろ好都合だと思うわ。私たちを見かけた人が通りがかりにでも情報くれるかもしれないからね」

「でもいいのか? そのうちフェリスにも伝わると思うんだけど」

「もう遭遇した」

「ついでに私の事も知られたわ」

「お前ら隠密に向いてなさすぎなんじゃない?」


 私たちの肯定に、アディルは大袈裟に頭を抱える仕草をする。


 私のスキルは隠密系だけど、私自身はコソコソするのは苦手だから向いてないって自覚はある。たぶん晴人も正面突破タイプだ。


「それより用があって来たんじゃないか?」

「まぁね」


 強引に話題を変えた晴人を、アディルは気にする様子はない。それどころか姿勢を正し真剣な面持ちになる。


「ユラの街は本気でおかしいぞ。オレたちは乗り合い馬車で移動してたんだけど、同乗者たちが身内が帰って来ない。神隠しだとか騒いでてさ。しかも若い働き盛りの男ばかりいなくなってるみたいなんだよ」

「もう一つ気になる事があります。ボクたちは確かめるためにユラの街に立ち寄ってきたのですが、領主不在なはずなのに城の警備が厳重すぎるんですよ。あと街の住人も不自然なんです。目がうつろで、ぼんやりしてるんです。以前、マホロさんと行った時とは雰囲気がまったく違いました」

「そのうえ空気感ってのかな? どんより重かったわけよ。だからなにかが起こっても不思議じゃない感じでさ。戦力がオレだけじゃヤバイかなぁって事で、すぐにお前たちを追いかけてきたってわけよ」


 腕組みをしてアディルは「あの街は、どうなってんだかね」とつぶやく。晴人は、そんなアディルに先ほどフウガさんが言っていた楽園の話を伝えた。


「大体は噂通りといったところだが、気になるのは楽園と城だな」

「うん。このままじゃ被害が増えそうね。あっ! ねぇ、城があやしいのよね。なら私のスキルを使って探ってみるのはどう? もしかしたら楽園についても何かわかるかも」


 提案した瞬間、三人の視線が私に集まった。


「危険だよ!」

「オススメしません」

「まぁ、それも候補だな……」


 予想通りアディルとアキハナは反対して、晴人だけが賛成してくれた。が、


「なに言ってんの晴人は! マホロに何かあってもいいのかい?」

「そうですよ! あの街はちょっとどころか、かなり不気味なんです。賛成しかねます」


 猛反対は続きそう。なので内緒にしておきたかった私のスキルを、アディルとアキハナにもバラすことにした。


「まさかマホロのスキルが、こんな凄いものだったなんてビックリしたよ」

「ボクも初めて見ました。魔法や戦闘スキルはよく見かけますけど、姿と気配を消すなんて凄すぎます」


 ただの地味モブスキルなのに、晴人もアディルもアキハナも褒めすぎだと思ってしまう。けど褒められてイヤなわけもなく嬉しさに口元がニヤけてしまう。


 新事実は、モブスキルは意外とレアだった事だ。

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