第15話、奇妙な噂。


 額に浮かぶ汗を布で拭きながら、クレダさんが私たちの前に立つ。


「何か分かったか?」

「はい。しかしこれはどこまで信憑性があるのか疑わしいものばかりでございますが、それでもよろしいのでしょうか?」


 少し困ったような微妙な表情になりながら、クレダさんは再び布で汗を拭きつつ、話を聞かれたりしないかと周囲を伺う。私も一緒に見回す。たしかに観光客がそれなりにいるけど、滝の大きな水音で私たちの話は聞こえない気がする。


「聞かれる心配はない。今はどのような事でも聞いておきたい。話してくれ」

「分かりました。ユラの街についてなのですが、どれも噂の域を超えないものばかりでございます。一つ目は、女人の街ミラに行くことができる裏ルートがあるそうでございます」

「女人の街ミラがある島には年に一度しか渡れないうえに、仮に行ったとしても門の大扉は開かないはずだが……。それにミラの女傑レダは歪んだ事を嫌う。普通に考えればあり得ない」

「爺もそう思います。二つ目は、街に引っ越して来る者たちを歓迎しているそうなのでございます。なにやら衣食住の全てを補償するだとか言っておりました」

「たしかにユラの街はかなり広いが、そんなにも人々を受け入れてどうするつもりなんだ? しかも衣食住補償だと? 意味が分からんな」

「ただの噂であれば笑い話でしょうが、最後の三つ目は実際に神隠しのように人々が消えたと言っておりました」

「神隠しだと? 何があった?」

「神王様のお祭りに店を出すために出掛けた行商人が、何人も帰って来ないと言うのでございます。一体どういうことなのやら分かりませぬな」


 ホゥと、ため息をついてクレダさんは、近くの石の上に腰かけた。アムリも隣に、ちょこんと座った。


「それってもしかして私たちが聞いた話と同じかも!!」


 思わず勢いで、クレダさんの服をつかんでしまう。


「あぁ。間違いなく同じ噂だろう。それでクレダ、神王の祭りについて何か聞かなかったか?」

「それが誰一人として、神王を知らないそうなのです。しかもユラの街で祭りなど開催されたことなど過去に一度もなく初めて聞いたようなのでございます。爺も長く生きておりますがユラで祭りごとは無かったと記憶しております」


 クレダさんは神王フェリスの事を知ってる。けどお祭りは聞いたことがない。


 晴人の話だと女人の街のレダさんも、そんな邪道な事をするような人ではない。


 衣食住補償にしても真実みが無い。


 でも三つとも人々が喜びそうなものばかりだ。


「あのさ。三つの噂で共通するのって、ユラの街で人々を集めてるって点じゃないかな?」

「……かもしれんな。だが人々を集めてユラの街で何をする気なんだ?」

「その事と関係があるかは定かではないのですが、ユラの領主が行方不明になっているようなのでございます」


 更なる情報が追加されてしまい、いよいよ放ってはおけないレベルになってきた。まぁ、謎の噂が絡んだ事件が起きてるから、すでにかなりヤバイ状況なんだけどね。


「初耳だぞ。一体どうなってるんだ? あの街は」


 さっきまで割と冷静を装っていた晴人も、緊張感で声音が低くなって、頭を抱える仕草をする。


「やっぱり行ってみるしかないんじゃない?」

「それしかないな」

「では龍輝の城下町のご用を済ませて、急いでユラの街に向かうといたしましょう」

「慌ただしいが頼む」

「お任せください」


 内緒話が終わると、帰路につく観光客たちと共に石階段を登っていく。



 降りは良かった。ぴょんぴょん飛ぶように段差をリズムにのって降りていけた。


 けど登りはキツイ。汗がにじみ額からアゴに伝い落ちていく。しかもなんだか距離が長く感じてしまう。


 ゼィゼィハァハァ……。


 この体は怪力も使えるし、子供にしては体力がある方だ。けどこの手作り感満載の不揃いな段差の石階段には体力を奪われてしまう。


 アムリは、ちゃっかりクレダさんの肩に乗っている。


 ゼィゼィハァハァ……。


 ヨロヨロになりながら階段を登っていると、いきなり体がフワッと浮く。


「少しは甘えろ」

「ありがと」


 自然な動作で、晴人は逞しい両腕で私を抱っこしてくれた。それも普通の抱っこじゃない。


 女の子の憧れ姫抱っこだ。


 顔が近い。


 晴人とは元の世界では結婚間近までいっていた訳で顔のドアップくらい見慣れてるはず。なんだけど顔が違うからなのか、胸が躍って心臓がドキドキバクバク暴れだし身体の芯までポワンッと熱くなる。


 こんな時に不謹慎だと思うのに、治まる気配がない。


 分かってる。魂は一緒、だから好きにならないわけがないんだよね。


 もしかしなくても、これは二度目惚れってヤツなんじゃないの?


「どうした? 顔が赤いな」


 立ち止まって額と額をくっつけてくる。さらに湯気がたってしまいそうなくらい、ボワンッと身体中を熱が電流のように駆けめぐった。


「熱はなさそうだな」

「だ、大丈夫だよ。階段で疲れただけだから」


 手をパタパタさせて恥ずかしさを誤魔化す。


「ならいいのだが無理はするなよ」

「うん」


 温かい腕の中、晴人が歩くたび揺られる。体温どころか鼓動までも感じとれるゼロ距離に幸せを噛みしめる。


「よし。着いたぞ。降ろしても大丈夫か?」

「うん。ありがと大丈夫だよ」


 石階段を登りきると、ゆっくりとした動作で地面に降ろしてくれた。


 ずっと腕の中にいたかった。けど一度、甘えてしまうとタガが外れてしまいそうで怖い。晴人がいないと何も出来ないなんていう、どうしようもない女にはなりたくないからだ。



「四辻広場で何か買って馬車で移動しながら食うつもりだが、それでいいか?」

「もちろんいいよ!」

「にゃん」

「爺もそれでようございます」


 竹林を抜ける頃には、街中が赤く夕日に染まって街灯が淡く光だしていた。道を歩いていくと民家から、シチューのミルクっぽい匂いに加えてパンの焼ける香ばしい香りまで漂ってくる。


「ね! 晴人、シチューとパン買わない?」

「俺もそれが食いたいと思っていた。今日の夕食は決まりだな」

「にゃにゃん!」

「楽しみですな」


 空腹時にいい匂いを嗅いでしまうと同じものが食べたくなってしまうのは、やっぱりみんな一緒だよね。



 四辻広場に着いて聞こえてきたのは、もはや噂ではすまされないものばかり。不気味さを感じて思わず晴人の手を握ると、しっかり握りかえしてくれた。


「オイラの父さん、まだ帰って来ねーんだけどどうしたんだろ……」

「ぬしの父もか、ワシの息子もユラの街に行ったっきり帰って来ないんじゃ」

「お前らの家族も帰ってないのかよ! 実はオレん家のオヤジもなんだわ」

「オラんどごの、おとっつぁんは一か月前から帰ってぎでねーだ」

「ユラの街は行くもんじゃねーな」

「うまい話には気ぃーつけんとなぁ〜」


 心配そうな震え声、少し怒りを含んだ興奮気味な声、さまざまな声が我も我もと話に加わり広がって、夜の街に緊張感が増していく。



「さっさと買うもの買って出発しよう」

「うん」


 すっかり楽しく買い物という雰囲気ではなくなってしまい、スープ&シチューの店で素早く買い物を済ませると馬車へと急いだ。

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