第14話、ソラの街で。
早速、生成りのシャツと深緑色のズボンに着替えると、晴人に抱きかかえてもらい馬車を降りた。伸びをしながら、新鮮な空気を胸いっぱい吸いこむ。アムリも道端に生える柔らかな若草に、たわむれてみたり体をこすりつけたり齧ったりして楽しそうだ。
「では街の中央に向かおうか」
「うん!」
晴人が手を差し出してきた。その手をつかんで歩きだす。晴人の手から温かさが伝わる。アムリも私の肩に飛び乗り尻尾を揺らめかせる。
「ん〜! 気持ちいい!!」
「ソラの街の竹林は有名なんだ。広大な林の中にある街だから空気が美味しいだろう」
「本当、空気が綺麗ね」
いままでいた砂漠は暑さで息苦しかったし、喉も渇くし口の中までジャリジャリして砂っぽかった。それに比べて緑の竹林に囲まれたソラの街は、青っぽい草のような匂いがするし、どこかに川があるのか涼やかな水音も聴こえてくる。
「有名ってことは、もしかして観光地にもなってるの?」
「あぁ。行商人ばかりじゃなく、竹林と滝が目当ての者たちが訪れる。だから様々な情報が集まる。他の国や街とは違い、龍輝国は国境を越えるのに手形が必要ないからな」
「かなり自由ってこと?」
「俺の両親の方針だったんだ。交易が盛んで人の行き来が多い国は栄えるんだそうだ。実際、賑やかではあるな」
今いる馬車の待機所にも大勢の人々の笑い声や話し声が聞こえるし、遠くから物売りの「安いよ! 見てってくれ!」って感じの元気な呼び込みまで聴こえてくる。晴人の言うとおり賑やかで活気がある。
「ユラの街とはまったく雰囲気が違うね」
「ユラの街か……たしかに雰囲気はまるで違うな。実は俺は、あそこの領主には会ったことが無いんだ。だからマホロに会った時も探りに行ってたんだ」
「領主には会えたの?」
「いや、それが街の住人も領主を見たことないと言っていた」
「そんな事ってあるの?」
「普通はあり得ない。だからクレダにユラの街の情報も集めるよう頼んである」
歩きだして五分ほどで広い場所にでた。少し歪な感じに四方に道が伸びる四辻になっていて、歩道には所狭しとテントが張られ露店が並んでる。食べ物から衣類や雑貨、さらにはよく分からない置物まで売っている。
「色々、売ってるね! なにあれ可愛い! ぐにゃぐにゃした猫の置物」
晴人の手を引っ張って『工芸品ユウキ』と看板に書かれたテントの前に行く。
「ここで売ってる食べ物は新鮮だから人気がある。工芸品はすべて手作りだと聞いてる。だから置物一つでも表情やポーズが違うんだ」
「リンゴも新鮮で美味しかったもんね。あ! 本当だ。背筋が一直線の猫もいるね。こっちは丸くなって寝てる。どれも愛嬌があって可愛いね」
アムリも自分に似た木彫り猫たちに、興味津々の様子で手を伸ばす。
「いらっしゃい。ゆっくり見てってくれ」
「ありがと!」
可愛いを連呼したからか、店主は嬉しそうに顔を綻ばせた。柔らかな態度になった店主に、晴人は話しかけ銀貨を一枚渡してるのが見えた。しっかり情報もゲットしていっている。
「待たせたな。次にいくぞ」
「うん」
再びキョロキョロしながら歩きだす。客を呼び込む店員の明るい声に、興奮気味に値切る客の声が飛び交う。大人たちが買い物に夢中になり過ぎて、暇を持て余した子供たちがキャーキャー歓声をあげて周囲を駆け回る。
「本当に、いままでの街の中で一番、人が多いし賑やかだね」
「そうだな。街の雰囲気が明るいと、旅で訪れる俺たちも楽しい気分になる。あとはここで手がかりが見つかればいいのだが、どうだろうな」
四辻の広場を一通り見てまわったあとは、クレダさんとの待ち合わせ場所になってる滝に向かうことになったのだけど、
「おい! にいちゃん達」
後ろから服をつかまれ声をかけられた。振り返ると、黒髪のグレーの着物を着た日焼け気味のソバカス少年が立っていた。チラッと視線だけで隣を伺いみると晴人は頷いた。うん。子供同士の方がいいかもだよね。
「なに?」
「にいちゃん達、ユラの街と神王様の事を探ってんだろ?」
「うん。ちょっと気になる事があるから調べてるの」
「やっぱり! オラの話、聞いてくんねーか?」
「うん。もちろん。と言うか今は、どんな情報でも欲しいから話してみて」
「ありがと。ん〜……。でも、どっから話そっかなぁ」
「バラバラでもいいわ。思いついた事、知ってる事、全部しゃべってみて」
握りこぶしを震わせながら、ソバカス少年はポツポツと話しはじめた。
「うん。オラの父ちゃんユラの街に行ったっきり帰って来ねーんだ」
「用事があって行ったの?」
「うん。父ちゃんさ。行商人で、いろんな街や村に行くんだ。だからオラいつも通り自分家で留守番してたんだけどさ。一ヶ月経っても帰って来ねーんだ」
「いつもはどのくらいで帰ってくるの?」
「ユラの街は、こっからそんな遠くないから長くっても二週間くらいで帰ってきてた」
まだこの世界に慣れてない私でも、馬車さえあればユラの街まで片道一日か二日で行けそうな距離だ。実際アキハナに捕まって移動した時も、そんなに移動に時間はかからなかった。
「たしかに変ね。他にも気がかりがあるのよね?」
「やっぱり変だよな……。気がかりって言うか、父ちゃんユラの神王様の祭りに行くって言ってた」
「どんなお祭りなの?」
「それがさ。近所の友達とか大人に聞いても、神王様なんて初めて聞くし、祭りなんて無いって言うんだよ」
「でも君のお父さんは神王様のお祭りに行くって言って出かけていったのね。それで君はお祭りに行った事あるの?」
「実はさ。オラもそんなお祭り知らないんだよ」
ソバカス少年は首を振って、とうとう座りこんでしまった。そんなソバカス少年の肩を、晴人は優しい手つきでポンッと叩く。
「お前、名前は?」
「オラはウルキ、おっきいにいちゃんの名前は?」
「俺は晴人だ」
「ちっさいにいちゃんは?」
「私はマホロだよ」
「連絡手段だが……」
「オラはいつも四辻広場で果物売ってんだ」
「分かった。では何か手がかりが見つかれば連絡する」
「にいちゃん達ありがと!」
立ち上がってニカッと笑んで、四辻広場方面へと走り去っていった。ウルキは、笑った時にキラッと光る八重歯が、ワンポイントかもしれない。年はたぶん私より年下のような気がする。
「心配だね。お父さんが帰ってこないのは、さみしいし不安だと思う」
「あぁ。誰も知らない祭りも気になるな」
「それに神王って事は、間違いなくフェリスが絡んでるわね」
晴人に手を引かれ、集合場所の滝に向かい再び歩きだす。
「しかしどうしたものか……。謎が深まったな」
「まずはやっぱりユラの街に、もう一度行くしかないよね」
「そうだな。クレダと合流してから考えるとしよう」
南に歩いていくと、土で固められた道路が、途中から砂利道に変わって、竹林へと入っていく。
ジャリジャリジャリ
踏みつける砂利の良い音がする。運動靴なので足も痛くない。
サワサワーザザァー……。
風が強く吹くたび竹が生き物のように揺らめき鳴き声をはっする。
「そう言えば、さっきの工芸品店の名前がユウキって事は、もしかしてアキハナの故郷と関係あるのかな?」
「結鬼村から木彫り猫を売りに来てると、店主が言っていたから間違いないだろう」
「そっか。アキハナもいつか故郷に帰れるといいね」
「生贄などいらないと、俺が言えば帰る事もできるだろうな。ただし結鬼村の考え方が柔軟であればだがな」
「うん」
代々伝わってきた風習みたいなものは、なかなかいきなりは変えられない。難しいかもしれないと晴人も分かってるのだろう。
ドドドドドォォォーーー!!
しばらく歩き続けると大きな音が聞こえだした。林を抜けて石階段をぴょんぴょん調子良く降りていく。
「わぁ! こんなにも大きな滝だったんだ」
「これは見応えあるな」
「うにゃん! うにゃにゃん!!」
高さは30メートルはあるだろうか? 崖から勢いよく流れ落ちる大量の水は、飛沫をあげて滝壺へと吸い込まれていく。虹がうっすら見えるのも美しさをパワーアップさせている。アムリは初めて見る滝に最初は驚いてたけど、しばらくすると私の肩から飛び降りて、まだ上手く飛べない翼を羽ばたかせピョンピョン飛び回って大興奮だ。
「晴人様、お待たせいたしました」
少し遅れてクレダさんが、石階段を降りてきた。
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