第11話、故郷へ向かう旅路。
たどり着いた国境オアシスは、こじんまりとして中央に湧き水が泡だつ湖があり、砂で汚れて傷んで所々がほつれてる生成り色のテントが五つ回りを囲むように建てられている。テントの前に篝火も赤々と焚かれ明るい。少し離れた所に馬やロバ、そして荷台といった様々な旅の必需品が並ぶ。鎧を身につけて松明を手に、槍を持ってたり剣を腰に下げて歩く三人組は見回りなんだろう。近ごろ盗賊や魔物が増えたとか話しながら、私の前を通り過ぎていった。
「マンションから凄く近いのね」
歩いて十分とかからず着いてしまった。振り返るとマンションの窓からもれる、室内灯すら見えてしまうほどだ。
「俺が召喚するマンションが不自然ではないと感じられて、なおかつフェリスの手が出せない場所が、このオアシス周辺だったんだ」
「そうだったんだ」
たしかに中世のような世界観の街中でマンションは違和感だらけだよね。私も最初、あり得ないって思ったし。それに敵であるフェリスから、遠すぎず近すぎないのもいい気がする。
「晴人様、お待ちしておりました。馬車の用意できております」
話をしながらオアシスを横切って、湖から一番遠くのテントに到着すると、黒いローブに身を包んだ白髪混じりの顎ひげが立派な初老の男が、晴人にお辞儀をして出迎えた。
「クレダ、久しぶりだな。元気そうでなによりだ」
「いやいや。お元気そうなお顔が見られて爺は嬉しゅうございます」
クレダと呼ばれた男は、皺くちゃの顔を更にしわしわにして嬉しそうに微笑む。
「突然、連絡した上に夜遅くにすまないな。さっそくだが城下町まで頼む」
「気になさいますな。爺はもう晴人様をお守りすることは出来ませぬが、国に送って差し上げることは出来ますからの」
「相変わらず俺には甘いな。だがありがたい。よろしく頼む」
「ふぉふぉふぉ。爺にとっては孫のようなものでございますから。そちらの可愛いらしいお客人も数日間でございますがよろしく頼みます」
「こちらこそよろしくね」
「ふぉふぉふぉ。元気がいいのは何より何より。爺のことはクレダとお呼びください」
「分かったわ。クレダさんも、私の事はマホロって呼んでね」
「はい。マホロ様」
差し出された右手には、数々の戦をくぐり抜けてきたと分かる大小様々な傷跡が刻まれ、体つきは年齢を感じさせない筋肉もしっかりついている。ペコリと頭を下げてから、クレダさんの手を握り返し握手を交わす。
「クレダこれを」
御者台に乗り込んだクレダさんに金貨十枚と、麻袋を手渡す。運賃なのだろう。
「こんなに頂いてもよろしいのでございますか?」
「長旅になるからな。当然の対価だ。麻袋の中はクレダの好きな魚の日干しが入ってる。道中で食べてくれ」
「ありがとうございます」
晴人が馬車の扉を開けて、まずは私を抱き上げ乗せてくれた。それから晴人が乗り込んできて向かい合わせで座る。
「では出発いたしますね」
ゆっくり馬車は夜の闇に向かって走りだす。砂漠で砂地だから、馬の蹄の音はかき消されてしまう。馬車の揺れも、あまり感じないのは嬉しい。
くるるぅ〜……
きゅるるるぅ……
静かすぎる車内に、ひときわ響く二つのお腹の虫。思わず「あはは」と笑い腹をさすってしまう。
「くっくっくっ。目覚めて、すぐ出かけたからな。待ってろ」
晴人は持ち込んだ紙袋をガサガサ音を立てて開くと、弁当箱を取り出して私に渡してきた。アムリには、弁当箱の蓋を開いて目の前に置いてあげている。最後に自分用の弁当箱を取り出す。
「即席で作ったからな。たいしたものではないが食べてくれ」
「ありがと。いただきます。お腹ぺこぺこだったから嬉しいわ」
「うにゃ〜ん!」
弁当箱の中身はサンドウィッチだ。具も卵にツナにレタスときゅうりやハムといった慣れ親しんだものばかりだ。まずはハムとレタスのサンドを手にとってパクリ。レタスは新鮮そのものシャキシャキでハムの塩気が抜群に合う。それになにより、
「白いふわふわ食パンにマヨネーズ! この世界で食べられるなんて思わなかったわ」
「マンションにいる時にしか取り出すことができんのが欠点だがな」
「十分よ! 本当に美味しい〜!」
「うみゃん!」
この世界にきて、そんなに時間が経ったわけじゃないけど、普段なにげなく食べていたものが懐かしく感じて思わず涙ぐんてしまう。途中、渡されたミルクも、ストローの付いた牛乳パックで冷たくて、いつもより数倍は美味しく感じて夢中で飲んでしまった。
「ごちそうさま。お腹いっぱいだよ」
「にゃにゃん」
「口に合ったようで良かった」
隣に座るアムリも満足そうにしながら口元についたマヨネーズや食べカスを、前脚でクシクシしては、その前脚をペロペロ小さな赤い舌で舐めとっていく。
きれいに完食した私たちを見て、晴人は嬉しそうに微笑む。空っぽになった弁当箱は、再び晴人が紙袋に入れた。
「晴人ありがと。あとごめんね」
バタバタしていて今まで言い出せなかった事を口にしながら、晴人の顔に走る痛々しい五本線に指先で触れた。
「気にするな。あの時は名乗りもしなかった俺も悪かったからな」
あの時、話も聞かず、いきなり顔を引っかいた私を怒ったりもしない。甘く優しすぎる所も変わらない。そんなところも晴人なんだって思える。
「晴人は私にはいつも優しいね」
「マホロから貰うものは、傷跡だったとしても俺は嬉しいからな」
ふわっと微笑む晴人の手のひらに、私の指先を包みこまれると、心まで温かくなって満たされていく。
馬車は走り続ける。
ぼんやり窓の外を見ると、ただ黒が流れていくのみ。ときおり車輪が石でも踏みつけたのかガタガタ大きく揺れる。アムリは夜行性で夜目がきくから、尻尾をユラユラ小さな翼をパタパタさせながら興味津々で窓の外を見てる。一体何が見えてるのか聞いてみたいと思ってしまう。残念ながらアムリは喋れないけどね。
「どのくらいで城下町に着くの?」
「途中、村にたちよるつもりでいるが、だいたい三日から五日もあれば着くはずだ」
「そうなのね。どんな街に行くの?」
「ここからだとソラの村だな。行商人が集まるから情報が手に入るはずだ」
“ソラの村”は、ゲーム内には存在しなかった村だ。やっぱりかなり変化してるみたい。だからこそ情報は私も欲しい。
「情報って言えば、元の世界に帰る方法はあるのかな?」
「マホロと過ごした世界が気になって、俺も探ってはみたんだが、噂程度の情報しか得られなかったな」
「……そっか。そんなに簡単には見つからないよね」
「ひきつづき探ってみるから、そんなに落ち込むな」
すぐには見つからないと分かっていても残念に思ってしまう。そんな私を、いたわるかのような優しい手つきで頭を撫でられた。
ヒヒィーン!!
順調に夜の闇を走り抜けていたが突如、馬のいななきが聞こえ、馬車が大きくガタンッと揺れてから止まった。
ドカッ!!
鈍い音がして「ぐぅぅ」と、うめき声がした。晴人は立ち上がると、私とアムリを守るように抱きしめた。右手には、いつの間にか短剣が握られている。
ガタガタガタン!!
さらなる大きな音がしたかと思ったら、馬車の扉が乱暴に開け放たれた。
「帰ってくるのを待ってたよ。晴人くん」
夜の闇さえ弾く長く美しい白い髪と肌、やけに昏い光を放つ赤い瞳、弧をえがきニタニタと嫌な笑みを口元に浮かべた男が、容貌に似合わない澄んだ声で楽しげに話しかけてきた。
「フェリス……」
聞いたこともないほどの冷たく鋭い刃を思わせる晴人の声音に、この男が”無月”なのだと分かった。
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