第9話、似て非なる世界。
ツンツン立ちあがった鮮やかな赤毛に鋭い碧眼、野生的で健康的な茶褐色の肌の、まるで炎を連想させる男が黄色のジャージを着て、壁に背をもたれかかり腕を組んで私たちをみていた。この男は、たしかゲームの中では敵国メルガリスの王だったはず。なぜここにいるのだろう?
「アディル、寝室で待ってろと言っただろう」
「お前らの話が長すぎて待ちくたびれたんだよ」
「もしかして最初から話聞いてたのか?」
「そりゃあもちろんさ。ドアをほんの少し開けてしっかり聞いてたよ」
敵国の王であったはずのアディルは、盗み聞きしていたにも関わらず悪びれる様子もなく親しげに晴人に笑いかけてるし、晴人の方も特に気にしていないようで気安い感じだ。
「晴人、その人は……」
「龍王様とは、どのような関係なのでしょうか?」
私が「敵なんじゃ?」と問いかけようとしたのと同時に、アキハナの言葉が重なった。ただしアキハナの方は鼻息荒く、興奮気味にソファから立ち上がって頬がほんのり赤らんで、問いただすより好奇心が勝っているみたいだけどね。
「アディルは俺のナリディーアでの幼馴染だ」
「そういうこと! お互いの親同士が仲が良かったのもあって、ものごころついた時には、いつも一緒だったわけ」
「そうだったのね」
「とても仲が良いのですね」
不思議な感じがする。ゲーム内での二人は完全に敵対していたからだ。それが今、晴人の隣に遠慮なく座って自然な感じに話に入ってきてる。
「あぁ。このナリディーアで心から信頼できる数少ない人間の一人だ。そしてアディルとアディルの家族がいたから、両親が殺されても正気を失わずにすんだ。その時にマホロと過ごした前世での記憶が蘇ったんだ」
「オレも晴人は信頼してるし”家族”が苦しんでるのを放ってはおけなかったからね! 晴人の心が落ち着いた頃にマホロのことも聞かされたよ」
「家族……それ以上の存在だ。十五年前、アディルの国に匿ってもらわなかったら、間違いなく俺も死んでただろうからな」
「さすがに敵も隣国にまで手は出せないし、オレの国メルガリスは一応、軍国だから負けない自信もあるよ」
「今では敵う国は無いんじゃないか?」
「そうかもね!」
晴人にとって今はナリディーアが”現実”だというなら、私が見てきたゲーム内がどうであれ二十八年の年月、共に過ごしていくうちに家族とまでいえる信頼関係を築くのは、あり得ない話ではない。実際二人の間には、私が入り込めない雰囲気すらあるのだから。
けどそれはさておき、微妙におかしな点に気がついてしまった。
「あのさ、ちょっと聞いていい?」
二人は仲良さげにしゃべり続けていたが、私の呼びかけに晴人もアディルも頷きで答える。話を楽しげに耳を傾けていたアキハナも、不思議そうに私を見つめる。
「無月……ナリディーアではフェリスだったわね。アイツはこの世界ナリディーアの王だって言ってるのよね?」
「あぁ。神王だとか言っていたな」
「魔力量も相当だと思うよ。メルガリスの軍を使っても晴人を助けるのが精一杯だったからね」
「それって、おかしくない?」
「どういうことだ?」
「この世界ナリディーア全体を支配する王なら、国境とか関係ない気がするんだけど、隣国のメルガリスには入れなかったのよね?」
「……そうか。たしかに不自然だな」
「ん〜……不自然ではあるけど、単にメルガリス軍に敵わないって思ったって線もあるんじゃない?」
メルガリスの軍は強い。ゲーム内では裏ルートで敵国の王アディルと結ばれる事もできたのだけど、戦略も恋も一筋縄ではいかなくて攻略に苦労した。けどこの世界は、すでにゲームの中の世界とは異なる歴史が刻まれ、人間関係すら変わってしまっている。
それはたぶん無月が関係してるんじゃないか? と思う。
「メルガリス軍が強いのは知ってるわ。でもやっぱりおかしいのよ。神王って、つまり自分は神だ! って言いたいわけよね? だったら問答無用で、この世界すら滅ぼすことだって出来そうじゃない?」
「なるほど。神なら……ね。そう考えると変だね」
アディルは腕を組んで目を閉じて、考え込みはじめた。晴人は当時を思い出したのか、苦々しい表情で頷く。
「そうだな。あと一押しすれば俺を殺せたんだからな」
「そこまで晴人は追いつめられてたの?」
私の問いかけにアディルと晴人は顔を見合わす。言いにくいことを聞いてしまった自覚はあるけど知っておきたい。
「オレが話していいかな?」
「頼む」
「了解。十五年ほど前、晴人の住む龍輝国は緑豊かで水も豊富で人々も明るく平和そのものだったんだよ。龍の加護のおかげで特に水が綺麗だからオレは、よく晴人と湖で遊んだりしてた。だからずっと楽しい日々が続くって思ってたし信じてたんだけど……」
私とアキハナは、一言も聞き漏らさないように真剣に耳を傾ける。アムリはいつの間にか、ソファで丸くなってプスゥプスゥと寝息を立てていた。晴人は目を瞑り、腕を組んで聞いてる。
「夏の寝苦しい深夜、城の住人が全員が寝静まってから、フェリスたちは侵入してきて迷いなく晴人に襲いかかってきた。騒ぎに気がついた両親に命懸けで守られながら城を抜け出して逃げてきたそうだ。晴人の両親が放った知らせの魔鳥に導かれて、メルガリス軍を引き連れて国境まで迎えに行ったんだけどね。龍輝国を追われた晴人が、メルガリスの国境を超えた瞬間、追手もフェリスも動きを止めたんだよね?」
「あぁ。しかもヤツラは動きを止めるだけじゃなく姿を消したんだ。今考えると不自然すぎる撤退だな」
「消したとは、どんな風に消えたのですか?」
私が聞くより先に、アキハナがアディルに向かって問いかけた。アディルは記憶を手繰りよせているのだろう、組んだ腕を解くと机を指先でコツコツ鳴らしながら話し続ける。
「ん〜……たとえて言うなら、まさに霧のように消えたって感じかな」
「空間転移したとか、そういった類のものでしょうか?」
「いや、魔力は一切、感じなかったよ」
「あぁ。それどころか最初から”ここには存在しなかった”かのような、気配や匂い、更には足跡さえ消えていたんだ」
思わず全身に震えが走る。無月自体も奇妙な存在だった。けどフェリスは更に不気味な存在に思える。隣のアキハナの様子をうかがうと顔色が悪い。私と同じように、気味の悪さを感じているようだ。
「ありがと、状況は分かったわ。対策とか練っていきたい所だけど情報が少ないわね」
「そうだな。とりあえず龍輝国に戻って情報集めするのが良いだろうな」
「じゃ、オレは、メルガリスで情報集めしてみるよ」
「頼んだ」
「よし、決まりだね。あ、そうだ。アキハナ借りてっていいかなぁ?」
アディルが立ち上がってアキハナの肩を抱きよせ、私に向かってウインクしてきた。アキハナも自分が指名されたのが嬉しいのか、期待の眼差しで私を見つめてくる。恋路を邪魔して馬に蹴られたくはない。と言うわけで当然、私には断る理由はない。
「たしかに二手に分かれた方が良さそうよね。分かったわ。アキハナもそれでいい?」
「もちろんです」
アキハナは、花がほころぶようにふわりと微笑む。アディルは立ち上がると、アキハナの頭を優しく撫でる。
「決まりだね! オレは戻る。アキハナいくよ」
「はい!」
アキハナも、ソファから立ち上がってアディルの後を子犬のようについて行く。晴人も見送りに行ってしまった。「またな」「またね」の挨拶と共に、玄関ドアの開閉音が響き、二人が出ていったのが分かった。
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