第7話、予想外の再会。
馬車が走り去るのを見送ってから、五分ほど歩くと目的地が見えてきた。
月明かりで仄かに青みを帯びた光を放つ建物を、思わず口をポカンと開け見上げる。と言うのも私の中の城のイメージと、かけ離れ過ぎている。というのも城下町などは無く、砂漠の真ん中に大きな建造物がポツンと一棟、建ってるだけだからだ。
「なんか全然、城って感じしないわね?」
「やっぱりそう思いますよね。ボクも書物でしか見たことないのですが、瓦や白壁も無いですし、これはどう言った建物なのでしょうか?」
書物でアキハナが見たのは、たぶん日本の城のような気がする。私も想像だと龍王ってくらいだから和風の城だろうと思っていた。
だからこそ予想出来なかった。
「マンションにしか見えないわね」
「マンションとは何ですか?」
「こんな感じの四角い建物で、沢山の家族が住んでる集合住宅って感じって分かりやすいかもね」
「面白いですね。まるで小さな街や村みたいな感じがします」
アキハナと一緒に見上げる、長方形に縦に高く伸びる建物は、所々の窓から光が漏れて人が住んでると分かる。和風でも洋風の城でもない、一般的な9階建てのマンションが城として人々に認識されていた。
「中身が気になってくるわね。それに……」
このマンションの外観に、見覚えがあり過ぎるのだ。白いタイル貼りで九階建て、アーチ型の鉄製の門扉の奥には、よくあるオートロック式の共用玄関があり、ライトは間違いなく魔法でも蝋燭でもない私の馴染みある電気が通った明るい光が灯されている。
和洋が混ざり合うゲームの中の世界だとしても、明らかに現代日本そのもので異質すぎる存在だ。
「ふふふ! 早速、当たりかもしれないわね。行くわよ。アキハナ」
「はい」
初めて見るタイプの建物だからだろうアキハナは、私の後ろを周囲をキョロキョロ見回しながら恐る恐るついてくる。
玄関のガラスドアを開けエントランスに入ると、正面に数字の並んだ呼び出しのインターフォン、右手にポストの並んだ小部屋まである。その小部屋に行き、ポストの表札を指を滑らせるようにしながら一つ一つ見ていく。
そして、
『901号室、鈴山晴人』
の、名前の所で指を止めた。表札の端に小さく”龍王”の文字が書き込まれている事だけは、元の世界とは違う、
「やっぱり!!」
「その方は龍王様ですよね? マホロさんは龍王様とお知り合いなのですか?」
私の手元を覗き込みながら、アキハナは首を傾げる。
「私の知ってる”鈴山晴人”本人だったら、だけどね」
「どういう意味ですか?」
「同姓同名の他人じゃなければって事よ」
「なるほど。行って確かめてみないと分からないのですね」
「そうね」
鈴山晴人は、元の世界で結婚の約束まで交わした私の彼氏。ただし半年ほど前から行方不明になっていた。そしてここは、晴人の住んでいたマンションと瓜二つなのだ。
期待と不安が混じりあい、心臓が激しく暴れまわるようにバクンバクンと鼓動しはじめた。
目を瞑り深呼吸をする。
両手で頬をパンッと叩いて気合いを入れて、再び目を開ける。
「よし!」
インターフォンの文字版に『901』を入力して『呼び出し』ボタンを押す。
ピンポーン! ピンポーン! ピンポーン!
耳慣れた電子音が鳴り続ける。
そして……。
「はい。どなた?」
気だるそうな声が聞こえたが、晴人の声では無い。
「供物を捧げにきました」
「……入れ」
供物とアキハナが言った瞬間、男の声は硬く低い声に変わった。
ピィー……ガチャ!
鍵の開く音が、やけに大きく聞こえる。
「行きましょう」
「そ、そうね」
インターフォンのすぐ隣、奥へと続くドアを開け入る。その後ろを警戒しながらアキハナがついてくる。入って左手に曲がると思った通りエレベーターが存在していた。エレベーターに乗って九階を押す。上昇する独特なポワンとする感覚の中、やっぱり考えてしまう。
マンション自体は記憶通り。だからもしかしたらと……。
ポンッと、軽い電子音が九階に着いたのを知らせる。
向かうのは九階の西側角部屋、決して長い廊下ではないはずなのに、緊張のあまり遠く感じる。
コツコツコツコツッと、木靴の音が廊下にやけに鋭く響く。
「ここよ」
「分かりました。ボクが話をしますね」
「任せるわ」
供物として私を連れてきた事になっているので、アキハナが対応するのがいいだろう。
表札の下の、インターフォンを押す。
ピンポーン! ピンポーン! ピンポーン!
待つ間、手のひらは汗まみれになってくるし、心臓が相変わらずバクンバクンとやかましく騒ぎ、キィィーンと耳鳴りまでする。
ガチャリ。
鍵の音、そして。
ドアが音もなく開く。
「ボクは結鬼村のアキハナと申します。龍王様に供物をお持ちしました」
アキハナが頭を下げてから、私の背をソッと押す。
「俺はまだ龍王じゃないんだがなぁ……。まぁ、とりあえず入れ」
ベージュのチノパンに、ゆったりとした白いシャツを着て、腰まで伸ばされた金の髪を鬱陶しそうに片手で搔きあげ、あくびをしながら私たちを出迎えた。
バッチリ目が合う。男の顔面にはクッキリと赤い五本線が斜めに走っている。インターフォン越しだと気がつかなかったけど、声を生で聞いて分かってしまった。
間違いない。
「昼間のセクハラ男!!」
「マホロ!!」
同時に、お互いにお互いを指差し、夜の闇の中でも周囲にこだまするほどの大声で叫んだ。
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