第6話、襲撃者。
「まずは湯浴みよね。アムリ、ちょっと待たせちゃうけどゴメンね」
「にゃ〜ん」
アムリは分かったと言うように、私の足にすりよる。お腹は空いてるけど、泥だらけの砂だらけのまま食事はしたくない。
髪の毛をとめていた草の茎を解き、ボロ布同然の着物を脱いで、ゆっくりと湯浴み桶の中に入る。身体が小さく痩せ気味なので湯が溢れる心配はなさそうだ。
「温かい! 気持ちい〜!!」
じんわりと体の芯まで温まる。チャプチャプ水音を立てて手で体をさすると、泥や汚れが落ちて湯が濁っていく。ゴワゴワの髪の毛も湯を手で掬いながら洗う。流石に石鹸までは無かったけど十分だ。湯から出て布で体を拭いて、渡された服を着る。
「わ! ピッタリだ」
生成りの半袖シャツと、茶色の半ズボンは、どちらも生地が柔らかくて着心地抜群だ。シンプルだけど上等な服だと分かる。服からは、ふんわりラベンダーの香りした。この部屋といい、服といいラベンダー尽くしだ。
「ラベンダーが好きなのかもしれないわね。さてと! 次はお待ちかねの晩ごはんよ!」
「にゃにゃん!」
ご飯の一声に、アムリが待ってましたとばかりに嬉しそうに部屋中を駆け回る。丸テーブルの中央には鍋とパン籠と木製皿にサラダが準備されていた。食器は二人分ずつ置かれていたので、仲良く半分こに分けることにした。
「いただきます」
スプーンでスープを掬い口に含む。冷めていてもミルクベースなので、まろやかで喉越しもいい。
「芋も柔らかいし、玉ねぎもトロトロてたまらないわね!」
黒パンは少し硬めだけど元々、歯応えのあるパンが好きな私は気に入った。サラダもシャキシャキで新鮮だし、肉も肉汁が溢れとろけるように柔らかくて食べやすい。
「アムリも食べてみて。美味しいわよ!」
「にゃん」
アムリもテーブルの上にピョンと飛び乗り、小さな赤い舌でスープをピチャピチャ飲んでいく。お腹がよほど減っていたのだろう、次々と食べていく。
「ふふふ! アムリってば、口の周りスープだらけよ」
体全体が真っ黒なので、白い髭が生えたみたいに見えて可愛い。
「にゃ!?」
ちょんっと頬を指先で、つつくとアムリは慌てて前脚で器用にクシクシと拭い、舌で舐めるを繰り返す。
「うにゅ?」
まるで確認するかのように、首をコテンと傾げ私を見上げる。
「大丈夫よ。もうスープはついてないわ」
「にゃん!」
お腹もいっぱいになったし、体も綺麗だと分かって安心したのだろう。アムリはアクビをしてから、テーブルの上で丸くなって眠ってしまった。
「おかしいわね……なんだか凄く眠い……わ……」
目をこすり椅子からヨロけながら立ち上がってみたけど、意識が保てなくなってベッドに倒れ込んだ。
◇
夕食を食べてから、どれほど時間が経ったのか分からない。
カツカツカツと、リズムよく響く馬の蹄の音と、揺れで意識が浮上した。
同時に、宿から連れ出されたのだと分かった。
目を開け、ゆっくり起き上がり目の前のよく見知った人物……アキハナを睨む。
「おかしいと思ったわ。眠ると言うより意識を奪われた感じがしたもの」
「村に伝わる、かなり強い睡眠薬なのですが目を覚ましてしまったのですね」
「……アキハナ。あんたは私を迎えにきた訳ではないのよね?」
あのランクの宿に、アムリと二人で泊まって金貨五枚なんて、どう考えても安すぎた。サービスも良かったし、宿の主人に金でも渡したのかもしれない。
「はい。マホロさんの想像通り、宿の主人に協力して頂きました」
「どう言う事か説明してくれるかな?」
怒りのあまり、自分でも驚くほどの低い声で、目の前に座るアキハナにつめよる。一瞬、アキハナの表情が引き攣って怯えが走り、ビクッと体を震わせた。
「それはマホロさんを供物に差し出すためです」
視線を彷徨わせながらも、ハッキリと答えた。
「一緒に逃げるのは無理なの?」
「はい。昨日、マホロさんを見失った後、街中で龍王様をお見かけしました。間違いなくボク達を追って来たのだと思います」
そこまで言ってから、アキハナは深呼吸する。そして今度は私としっかり目線を合わせ。
「捕まりたくは無いのです」
「なるほどね。せっかく手に入れた自由は手放したくないって訳ね?」
「……はい」
「まぁ。いいわ。龍王ってヤツにも会ってみたいからね」
龍王と言うくらいだから、色々な情報を知っている可能性がある。と言う狙いがあったりする。さすがに元の世界に帰る方法までは難しいかもだけどね。
「……そんな簡単な問題ではありません。殺されるかもしれないのですよ?」
「そもそも、そのつもりで私を捕まえたんだから、あんたはそんな事を気にする必要は無いはずよ」
「そッ……」
少しだけ嫌味を混ぜた私の言葉に、アキハナが言葉を詰まらせ項垂れた。
「私にも目的があるの。だから今回は、あんたに”騙されて捕まったフリ”してあげる」
「いいのですか?」
「まぁ。どうにかなるでしょ! けど私を騙すのは最後にしてね」
「ありがとうございます」
頭を下げお礼を言った後、消えてしまいそうなくらい小さな声で「ごめんなさい」と、アキハナがつぶやいたのが聞こえた。
ガタガタ音を立てて馬車は走り続ける。窓の外は夜の闇が流れるばかりで何も見えない。そして先ほどから気になってるのは、アムリの姿が見えないことだ。
「黒猫はどこ? まさか宿に置いてきたなんてことはないわよね?」
「黒猫は、御者さんの隣で寝ているはずです」
馬車に乗ってると分かり安心して、ホゥと息を吐く。宿に置き去りにされてなくて良かった。
「それからもう一つ、私が、あの宿にいたのなんで知ってたの?」
「ユラの街は観光地では無いので、宿屋はグラスさんしか無いのです。だからマホロさんが来るかもしれないと……」
「なるほど、宿で待ちかまえてたのね」
「はい。街中とはいえ物騒ですから、ずっと河原で待つとは思えませんでした。なのでハグれてすぐ宿屋グラスさんに向かいました」
かなりの時間、アキハナはあの宿にいたようだ。たぶん時間があり過ぎたから、良からぬ計画を思いついてしまったに違いない。
「もう着くが城の前で良いのかい?」
御者さんが大きな声を張り上げ、到着を知らせてくれる。
「はい。よろしくお願いします」
「はいよ!」
ガタンッと音を立てて馬車が止まる。御者がドアを開けてくれる。
先にアキハナが降りて、馬車の荷台から大きな袋を持ってきて木靴を出してくれた。
「これを履いてください」
「ありがと」
硬い木靴は履き心地は、あまり良くないけど砂まみれになるよりいいし足も痛くない。
「アムリ!」
御者さんの隣で寝ていたアムリに、声をかけると「うみゃ〜!!」と鳴きながら、私に飛びついてきた。小さなぬくもりを抱きしめると、アムリは喉をグルグル鳴らしながら頭をグリグリ擦りつけてくる。寂しかったのだろう。もはや定位置の私の胸元に潜りこむ。アムリがいると安心出来る。シャツが伸びてしまうくらい気にならない。
「マホロさんに凄く懐いてるんですね。それにとても可愛いです」
「そうでしょ!」
「はい。あ、ここで少し待っててください」
「分かったわ」
アキハナが御者さんに金貨二枚を渡してるのが見えた。運賃だけにしては多いから、たぶん口止め料だろう。深夜に城に入ろうとするのは、誰が見ても怪しいからね。
「それじゃ。ワシは帰るでな」
「ありがとうございます」
用が済むと御者さんは馬車に乗り込み走らせる。一気に、暗闇に溶けるようにして馬車は消えていった。
「じゃ、行きましょうマホロさん」
「そうね。あ、アムリは隠れててね」
「にゃ!」
この先、何か待ち受けてるのか分からないからだ。
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