第13話(1/2)環境音に耳を傾けて

 初ライブ終わりの部室で、中堂凛なかどうりんの「フルコーラスが歌えない体」という告白の後、田中翔一の真っ当な言い分と凛の不遜な態度、強い言動がぶつかり、喧嘩別れのような形になった新・ボランティア同好会。


しばらくは部室での合わせ練習は中止して、それぞれが個人練習をすることになった。志之聡平しのそうへいがなんとか茸木なばきと田中に連絡を取って、関係性を保っている状態である。


 お昼休み。志之聡平しのそうへいは教室で昼食をとっている。ポツンと席に座り、何かを考えながら箸を口へと動かしている。今、彼の思考の大部分を占めているのは、ふざけた名前の同好会の仲間たちと、難航している曲作りについて。


 前に中堂凛なかどうりんに聴かせたアイリスの未発表音源。凜はあれを使わないのは勿体ないという理由から、同好会バンドのオリジナル曲として手直しリアレンジをしてほしいと聡平に頼んだ。


そんな朧げなまま昼食をとる彼の元に、一人の女子生徒が来た。


「シノくん」


 彼女は彼の前で名前を呼んだが、返事はない。


「シノくん!」


 もう一度。大きな声で名前を呼ぶが、返事はない。ただの屍だと諦めることも出来たが、彼女は諦めなかった。自身の首に下げたストラップに触れる。


────ピシュー…………。


 音がした。何かを起動する準備をするような音。この音は……。俺は咄嗟にスラックスのポケットに手を突っ込みながら、顔を上げた。


音がする方向にポケットから取り出した物を向ける。目の前にはカメラを構えた女子生徒。


「さ、佐藤さん?」


────カシャリ。


「うん、いい顔してるね。だけど安心して、この写真はすぐに消すから」


 彼女は聡平に液晶モニターを見せながら、ボタンを操作して、今撮った写真を削除する。彼はなぜ自分が撮られたのか分からず、呆気に取られているまま、彼女の方へ無意識に突き出した自身の腕を確認する。


「あ! ごめん。俺もすぐに消す」


 聡平がポケットから咄嗟に取り出したのはハンディレコーダーだった。先生によっては、授業の復習のためにボイスレコーダーの使用が、事前報告の元認可されているが、彼の用途は違った。


「ごめん! ハッときた音を録っておくの癖になってて……あ、でも、怪しすぎるか。いや、盗聴とかじゃなくて────」


「だ、大丈夫。今さ、腕章してないでしょ。だから、私も盗撮かもしれない。隠れてないけど! それならおあいこだし。もしそういうことに使ってるんだったら、今私にレコーダー向けたりしないでしょ。第一、シノくん……盗聴なんてしなさそうだしさ」


「う、うん。しない、絶対」


 コロコロと変わる彼女の表情。慌てていたり、冷静だったり、恥ずかしがったり。転々とする言葉と仕草を見ていると、俺の脳裏にはある一人の人物が浮かんだ。


それが何だかいけないことのようで、胸のあたりが少しキュッとなるのを感じた。


「それでね、これ。頼まれてたこの間のボランティアの写真。それからデータね」

「何のデータ? 俺頼んでたっけ」

「……写真部の友達がね。ライブの映像を途中からだけど撮ってたみたいで、何かに使えるかなって」

「わー! ありがとうね。その友達にもお礼言っといて、助かったって」

「うん。あ、のさ。何か相談したいこととかあったら、何でも言ってね。私音楽のことはわからないけど、話聞くくらいならできるからさ」

「ほんと? 写真とか映像とか、多分必要になることがあると思うから助かるよ。その時はよろしくね!」


 聡平そうへいはにこりと、微笑んで見せた。




 その日の放課後。聡平そうへいは田中に写真を手渡すために二年生のフロアを訪れた。そもそも写真は活動報告書と一緒に提出するために用意したものだからだ。


田中とは予め連絡をつけた聡平そうへいは、待ち合わせ場所である談話スペースへと向かう。先に着いた彼は、木で出来た無骨な長椅子に腰を掛けて、坊主頭を待った。



 




 





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