第11話 とりあえず喜びたいよね
元気な子どもたちの面倒をみたことによる疲れからなのか、初ライブの思い思いの余韻からなのか、帰り道の四人はあまり言葉を交わさなかった。夕暮れを背負いながら、楽器や機材を返すために部室を目指した。
門を潜る。耳に入るのは運動部の声。思い起こされるのは部活動勧誘の声。それが嫌で、先輩が毎日開けてくれていたであろう西門から、コソコソと帰っていたことを思い出した。先輩から同好会へ誘われて、勧誘を丁重に断る理由が出来たのと同じくらいに、俺への興味も失せたみたいで、いつの間にか勧誘はされなくなった。「俺、入りたい所あるんで」って今なら言ってやれるのに。
下駄箱。学年ごとに昇降口が違うので、先輩とタナショ―とは一度別れる。別に部室でなんて言ってないけれど、靴を履き替えて歩き出す。
「志之、帰りがけに鶴見さんと何を話してたんだ……?」
「あれね。大したことないよ。もっと頑張りますって話だよ」
「……中堂先輩のことだろ」
「まぁ、凛くんのことも聞いたけどー。本人に聞けって、はぐらかされた感じだから成果なしだったよ」
「……悪い、疑った。先輩が倒れた時。凄い反応速度だったから、何か知ってるのかと思った……。あの人、オレとタナショ―にはあまり話してくれないからさ」
「…………」
返す言葉が見つからなかった。先輩のことに関して、俺しか知らないことなんて無いと思う。だけど、俺にしか気づけないことは確かにあるのだと思ったからだ。タケとタナショ―は少しのアクシデントはあったものの、初ライブを無事に終えられたのだから手放しで喜びたいはずだ。しかし、少しのアクシデントと捉えることができない俺や先輩が、態度でそれを否定してしまっている。それがどんなに悲しいことなのか、否定している側の俺が推し量っていいわけがない。
部室の鍵を取りに行った
──カチッ。
扉の鍵がかかる音が室内に響く。それを見越したかのように
「ライブ楽しかったよね!」
「う、うん! お客さんの前で緊張したけど、練習よりずっと良かった」
「……ああ、震えた」
三人は互いに顔を見合わせて喜びを確認する。それから、一人顔を逸らす凛の方を向く。彼の意見を催促するように。
「……だから言っただろ。出来ると思ったから引き受けたって。こんなんで満足するなよ。まだまだボクの歌の頼りきりだし、これくらい難なくやってもらわなきゃ、先が思いやられるし────」
次々に言葉を並べる先輩の顔はどこか穏やかだった。
「はいはい、そこまでだよ。凛くんも嬉しかったんでしょ。素直に喜んでよ」
「うんうん。僕も中堂先輩のこと分かってきたよ。これは大分嬉しそうだね」
「男のツンデレは需要ない……」
「調子乗んなよ。まだまだなのは本当だからな、お前らも。……ボクも」
凛の一言で、ワイワイとしていた室内の雰囲気が一変する。彼は一呼吸置くと真面目な顔で三人のことを見る。
「あらかじめ、言っておかないのは悪かった。言っても信じてもらえないと思ったから、一人で危ない橋を渡った。自分で言うけど、ボクは歌がとてつもなく上手い。歌声を聴いて、惹きつけられない人はまず居ない。だけどボクは────」
言い淀んで下を向く先輩。再度顔を上げた時、視線は俺に向けられている気がした。背徳感と罪悪感が混じったようなものが体に渦巻く。
「ボクは……フルコーラスを歌いきれない体なんだ!」
凜は清々しいほどの明るい表情で片方の手を胸へ、もう片方の手は大きく広げる。フルコーラス。つまり曲を一番二番通して歌いきることができないということである。三人は流石に呆気にとられたようで反応を返せずにいる。すると、凜はポーズを一旦辞めて口を再度開く。
「ボクは……フルコーラスを歌いきれない体なんだ!」
「凜くん! 聞こえていないワケじゃなくてね! 追いつかないんだよ理解が!」
「……何その、一曲歌いきれない代わりに、とてつもなく歌が上手いみたいな。どこかでありそうな縛り。──いよいよ現代ドラマのキャラじゃないでしょ……」
「僕はどこにツッコんだらいいの⁉」
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