第10話(1/2)後片付け

 演奏自体は難なく終わった初ライブ。しかし、問題は演奏が終わった時に起こった。ほんの数秒前まで歌声をスペースの外にまで響かせていた中堂凛なかどうりんがステージから退場する前に倒れた。少し遅れて、彼の異変に気が付いた志之聡平しのそうへいによって、抱き留められ転落は免れたが、後味がよくはない終わり方になったことは間違いなかった。


 ステージの裏側。頼りない垂れ幕一つで隔てただけのそこには今しがた退場した新・ボランティア同好会の姿があった。


 先輩が急に倒れた。予兆には全く気が付かなかった。何が目を離さないだ。いざ、演奏が始まったら自分のことしか考えられなくなった。フラッシュバックするのは、直前の映像。先輩がふらりと体勢を崩して倒れていく様。


志之しの君! と、とりあえず、中堂なかどう先輩を寝かせようか」

「は、はい!」


 田中の呼びかけによって、正気を取り戻した聡平そうへいはコンクリートの硬さを気にしつつ、抱えていた凛をそっとおろす。凜の上半身は聡平が背もたれになるように支える。それから、彼の名前を必死で叫んだ。意識はあるようで、彼は浅い呼吸を繰り返しながら、途切れ途切れに何かを伝えようとしていた。


「タケ! ミキサー、線が集合してる機械の横、黒い鞄を取ってきて」

「分かった……」


 茸木なばきがステージから取ってきた黒い鞄はりんがマイクを入れていた鞄であった。聡平そうへいの目当てはその中に入っていた酸素のスプレー缶だ。彼の鞄からマイクや機材を取り出した時に、鞄の中身を確認していたのが功を奏した。


聡平そうへいは缶の噴出口をマスクの穴に差し込み、凛の鼻と口へマスクをあてがう。それから、ボタンを押す。シュー……という音と共に缶から吐き出される酸素。


「凛くん……」


 俺は体に先輩の重みを感じながら、顔を覗き込む。目を瞑って、マスクの中で呼吸をする先輩。いつもより、明らかに白い顔が缶を持つ俺の手を震わせる。その震えはよたよたと伸びてきた先輩の細い手によっておさまった。手から伝わる温度から、大丈夫だと言われているような気がする。


Adagioアダージョ


 先輩の耳元に向かってそっと呟いた。




 それから程なくして、凜は酸素缶がなくても呼吸が出来るくらいに回復した。申し訳なさそうに体を起こしている。


「中堂くん、そろそろ回復したかな? 田中くんと茸木なばきくんと、お客様が不安にならないように説明は済ませておいたから、こっちは大丈夫だよ」


 舞台裏に鶴見つるみが様子を見に来た。聡平が凜に酸素スプレーをあてがった頃。鶴見に呼ばれた田中と茸木なばきは一緒にステージで即興の出し物をやったらしい。


「……あれで、良かったのだろうか」

「無茶振りすぎたけどね!!」

「二人とも、助かったよ。あの終わり方じゃ不安を煽っちゃうよね。鶴見さんもありがとうございました」

「いいってことよ! それより、しっかり後片付けはやってもらうからね」

「「「了解!」」」


 聡平そうへいと田中と茸木なばきは、りんを残してスペースと舞台の片付けに向かった。聡平は舞台裏を離れる際に凛へ「まだ、本調子じゃないと思うから、ゆっくりしていて下さいね。後できっちり説明してもらいますから」と念を押す。鶴見はそれを見送ると、りんの側へしゃがみ込んだ。


「あの子たちと何かあったんでしょ。君がここに来なかった一年の間に」

「……はい」

「言及する気ないよ。だけど、何だか今日の歌は窮屈そうだった。まだ夢、変わってないんだったら、今からでも謝って───」

「そうかもしれません。だけどメンバーのせいじゃない。ボクがまだまだ至らないだけです」


 凛はそう吐き捨てると、舞台裏を後にしようと歩き出した。


「軽作業なら力になれると思うので、ボクも片付け参加しますね。今日はありがとうございました」


 凛は振り返ると頭を下げた。


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