第9話(2/2)初ライブは町内の催し物で

 音出しの最終確認といえど、もう幕は上がっている状態。今回のライブのお客様は大半が小さな子ども。準備をじっと待っていられるわけもなく、「まだー?」「はやくー」などの可愛らしい野次が飛んでくる。


ステージ上では聡平そうへいが慣れない手つきで機械ミキサーのつまみを操作して、田中と茸木なばきに確認を取りながら諸々の音量を調整していく。


「うわ、マイクの音でか……」

「こっちはドラムの音しか聞こえないよ」

「えええ、ちょっと待ってね」


 ぶっつけ本番。焦りだけが積もる状況に加えて、はじめましての演奏環境。個々が十二分に納得がいく、気持ちの良い音量バランスなど組めるはずがなかった。


「二人とも、今から聞こえる音がしっかり聞こえたら手を挙げて」


 俺は先輩が使う予定のマイクで「あ、あ、あ……」や「えー……」と声を出す。二人が手を挙げるのが見える。これが今の最適解だと思う。俺たちは先輩の歌声に操られるように練習をしてきた。リハーサルなんてしていないから、近づけるべき環境ははよくある理想のライブ環境ではなく、あの部室での練習環境だ。


それ以外の音は適当につまみをあげておく。これぐらい雑の方が部室っぽいだろう。後はこのマイクを中央最前のスタンドにセットする。スタンドを大体先輩の身長ぐらいに整えたら終わりだ。さぁ、どうやって先輩を呼んだらいいものか。俺は自分の楽器が複数本置いてある場所に移動して、マイクスタンドの前に立つ。そして、大きく息を吸って。


「皆さん、お待たせしました。日名菊ひなぎく学園高等部。新・ボランティア同好会です。今日はお集り頂きありがとうございます」


 聡平そうへいが司会を始めた。彼がお辞儀をすると、それを見ていた田中と茸木なばきも頭を下げる。鳴り響く拍手の音。


「早速、演奏を始めたい所ですが……まだお歌のお姉さんが来ていません。呼ぶのを一緒に手伝ってくれませんか?」

「「いいよー」」

「おー!」

「えー」

「めんどーい」


 沈黙も合わせて多くの回答が返ってきた。おおよそノッてくれている子が多い気がする。


「ありがとー。そしたら一緒に名前を呼んでね! りんちゃーん! みんなも、せーの!」


「「「りんちゃーん!」」」


 すると、凜ちゃんコールに間髪入れる間もなく凜がステージ中央最前へ走って来た。顔を真っ赤にしながら、無造作にスタンドからマイクを手に取る。


「……はーい! みんなの声が聞こえたので来ちゃいました! ボーカルを務めますりんちゃんでーす!」


 凛は綺麗な声で精一杯おどけて見せる。首を可愛らしく傾げながら、客席へ手を振る。


「「「…………」」」

「……わーい」


 観客は凛に想像以上に高いテンションに困惑しているようだ。数秒の沈黙の後、ぽつりぽつり聞こえはじめる拍手の音。


 あれ。俺、何か間違えたかなぁ。横から刺さる視線が痛い。先輩はマイクを通さずに俺に話しかける。


Furiosoフリオーゾ

「凛くん、ごめんって。こういうあおり文句慣れてなくてさ」


 俺は両手を合わせて、今できる最大の気持ちを表す。ふん、と先輩はすぐに前へ向き直った。俺も進行を再開する。


「それでは気を取り直して……。一曲だけ聴いてください。────」





 始まってしまえば一瞬だった。多少ぎこちないイントロも。凜の歌い出しまで乗り切れば、子どもたちの騒めきも聞こえなくなった。聡平はスタンドに固定したベースとギター。そしてキーボードを使い分けながら、田中と茸木なばきの足りない部分を補強するように音を重ねていく。


車を運転するのが凜だとすると、聡平そうへいの役割は田中と茸木なばきが振り回されて酔わない様に手厚く介抱することだ。


不安だった一番と二番を繋ぐ間奏も、りんの口笛によるアドリブのおかげで、テンポを崩さずにスムーズに演奏することが出来た。


 次々にアイディアが浮かんでくる。通しで演奏するのは初めてだけど、反復した練習のおかげで、譜面を見ないでもタナショ―とタケが苦手な部分も、得意な部分もはっきりと分かった。その穴をパズルのように埋めていく。


だけど、俺と二人の音なんて正直どうでもよかった。耳で、全身で受け取る先輩の歌。彼の横で、自分だけの特等席で聴くことのできる天使の声。この歌に支えられ、寄り添えている事実にただ浸るだけだった。おかっぱと体を震わせるだけでなく、体の隅から隅まで、自身が使える全てのエネルギーを絞り出すかのような、彼の姿が眩しい。



 訪れた静寂が演奏の終わりを告げた。巻き起こる拍手と歓声。聡平そうへいが喜びを共有しようと真っ先に凛へと目を向けた時。


「凛くん!?」


 聡平そうへいの視界に映ったのはぐらりと姿勢を崩す華奢な体。彼が楽器を担いでいないことが幸いした。すぐに一歩を踏み出して駆け寄る。その体がステージから落ちる前に抱き留めることに成功する。


 観客の喜びは一転して不協和音を奏でる。腕に加わる力の元が心配で仕方がなかった。それでも今優先することは。


「──Grazieグラッツィエ。ありがとうございました。新・ボランティア同好会でした!!」

「「ありがとうございました!」」


 俺は目の前の少し低いマイクで感謝の気持ちを表した。拍手に見送られながら俺たちは舞台からはけた。








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