第5話(2/3)一番の悪魔と覚悟

「今から誰がどこのパートをやるか、ボクが選ぶ」



 四つの椅子を仲良く円形に並べていた質問場所は変わり果てた。机に乱雑に足を投げ出し、不機嫌そうに腕を組む、中堂凛なかどうりん


その前にピシッと背筋を正して椅子に座る、志之聡平しのそうへい茸木光なばきひかる田中翔一たなかしょういちという構図に変わる。面接官の態度が悪すぎるという点を除けば、面接さながらの緊張感が教室中を埋め尽くしている。



「まず、田中」


「はい」


「聞こえないんだけど」


「はい!!!」



 うわー。理不尽な体育会系みたいなことやってるー。先輩、趣味悪いよ。


とはいえ、緊張の一瞬だ。一体田中たなかくんはどんな楽器を弾くのだろうか。ダンス部らしいし、リズム感良さそうだよね。たけくんは完全見た目からだけど、K-POPとか好きそう。俺たちはどんな音楽をこれからやるんだろう。



「ドラム」


「…………」


「耳腐らしても、リズム感腐らせたら、マジでAIにするからな」


「いやいやいや、無理ですって! やったことないですよ。というか全くの音楽素人ですよ。僕!」


「ええええええ」



 先輩が集めたメンバーなんだから、音楽経験者なのかとばかり思い込んでいた。俺の驚きに一切の関心を先輩は持たない。そればかりか、一縷の迷いも戸惑いも感じられない。



「ちなみにオレも楽器なんてやったことないですよ。音楽も全く聞かないです」



 茸木なばきがぬるりと手を上げて、淡々と告げた。



「ちょっと凛くん! これはどういう?」


「騒ぐな。お前は順番すら守れねぇのか。茸、お前はギターだ。分かったか」


「へー」


「えらく気の抜けた返事! この人なんか僕だけに厳しいぃんだけど!」



 田中の嘆きのツッコミは凛には届かない。聡平そうへいは落ち込む田中にグーサインを送る。強く生きて下さい! そんな意図が込められたサインだろう。



「そして」



 凛は机の上に立つと、ネクタイを強引に緩め、ワイシャツの第一ボタンを乱暴に外す。そして、静かに口を開ける。



「ボクが、ボーカルだ」


「ですよねー」



 俺が結び直したネクタイが……。若干の寂しさを覚える。あれ、そういえば俺のパートは?



「あのー、凛くん? 俺は楽器担当は無しってこと?」



 曲作りや同期音声作り担当。あんまり目立ちたくないし、それはそれで嬉しい。



「あ゛一から全部言われなきゃ分からないわけ。志之、お前はボクに曲を作る。足りねぇもんぐらい、自分で判断しろ。ボクの期待に応えてみせろ」



 初めての苗字呼び。それなのに、この喪失感は何だろう。寂しいような、悲しいような。単なるカルチャーショックみたいなものかもしれない。それよりも先輩が俺に向ける信頼感のようなものが嬉しかった。



「う、うん。分かったよ。任せて凛くん!」


「ああ」


「なんか! 志之くんにだけ若干優しくない⁉︎」


「はぁ……憂鬱だ」

 


 こうして、それぞれの担当パートが決まった。なぜ、田中と茸木なばきがこのパート担当になったのかは、これから分かるかもしれない話。互いの持っているものに惹かれあった二人と、成り行きと理不尽のせいで共にすることになった二人による。春夏秋冬。たった一年足らずのバンド活動が始まった。




「今日は終わりだ。田中。お前はしっかり同好会の申請を忘れるな」


「はい……」


「何、返事も出来ないの」


「はいー!」


「田中くん、手間取らせちゃってごめんね。よろしくお願いします」



 聡平そうへいは両手を合わせながら、申し訳無さそうに、はにかむ。その様子を見て田中はこくりこくりと何度も頷いた。この男も相当な人たらしである。



「じゃあ、帰りますー。お疲れっした……」


「あ、茸木なばきくん! お疲れさまー」


「ちょっと、置いてかないでよー」



 ぬるりと帰る茸木なばきの後を田中は急いで追う。なんとなく、残った二人と一緒になりたくない気持ちがあったのだろう。良くも悪くも場を仕切っていたのがりん聡平そうへいで、巻き込まれた側なのが茸木なばきと田中だということがはっきりとしたので。自分と同じ立場の茸木なばきについて行きたくなるのは必然だろう。



 「聡平、鍵」


 「う、うん」



 凜は開けっ放しの扉を指差す。聡平は一瞬返事が遅れたが、すぐに立ち上がると扉を閉めにいき、しっかりと施錠する。そして、凜が座る教卓の前まで向かい、近くの席に座る。凜は教卓から飛び降り、彼の机の上に座る。聡平の眼には凛の横顔と彼の小さな体が映し出される。



「ボクのこと嫌いになったか?」



 凛は決して聡平と目を合わせなかった。明らかに彼へ向けられた言葉であるが、それは独り言のように吐き出された。どこか湿度を多分に含んでいて、投げやりにも思える声だった。








 









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