第5話(1/3)一番の悪魔と覚悟

 中堂凛なかどうりんによって集められた三人は、凛が放った身勝手で無機質な言葉に衝撃を受けた。なんとなく背筋に寒気を覚え、立ちすくむ三人。


そんな中、凛だけは元気に動き出す。いそいそと三人に同好会への入会手続の書類とペンを渡す。それから、自分は教卓の方へ歩いていく。教卓にはマイク、スピーカー、スマホが置かれている。


それらからは線が伸びている。その線はミキサーという、たくさんのつまみが付いた機械に集約されている。この機械が音量の操作を一手に引き受けるわけだ。



「もう一度言う。君らに選択肢なんてない。その上で今から抵抗する気さえ奪うから」



 先輩はマイクを片手に、ミキサーのつまみを動かして、スマホに触れる。すると、音楽が流れる。イントロだ。流行りのJ-POP。コマーシャルで良く流れるミュージック。軽快なサウンドはボーカル、メロディの侵入を心地よく迎い入れるようで。


 先輩が口を開くと、綺麗な声が教室を埋め尽くした。耳が引っ張られるような不思議な感覚がする。歌が上手いとか下手だとか。声が好きとか嫌いとか。そういう次元の話じゃない。耳が、身体が、心が。先輩の声以外のものを受け入れられなくなる。そんな感覚がする。


 凛は歌う。自分の中の感情全てを吐き出すように歌う。喉から、腹から、体全身から放たれる声は力強いメッセージとなって聞き手の耳へ、心へ届く。


彼はワンコーラスだけ歌うと、ミキサーの全てのツマミを下ろして音を止めた。



「……ほら、さっさと入会届書けよ。それぐらいできんだろ」



 凛の鋭く低い問いかけに対して、茸木なばきと田中は首をコクリとだけ動かすと、ペンのキャップを外して一目散に書類へ、ペンを走らせる。少し顔が赤く、恍惚とした表情を浮かべている。


 え? 何これ。催眠術?



「凛くん? これはどういうことなの?」



 俺は疑問をそのまま口にする。すると、先輩は目線だけを俺に向けた。その鋭い目から放たれる冷たさは、迂闊に触れば霜焼けしてしまいそうなほどの温度を感じる。



「あ゛お前は黙ってボクに曲を書け。ボクを引き立てることだけ考えてろ」



 先輩は強い口調と冷たい眼差しを俺に向ける。たおやかな雰囲気は何処へやら。冷徹さと近寄り難さを感じる。切り揃えられた前髪を揺らしながら、ズタズタと俺に近づくと、不快感を示すような顔で見上げてくる。これは見上げすぎて、もはや見下されてるって、こと?



「え! なになに、口悪いし! 態度コワいし。っていうか──」


「喚くな。いつ許可した。お前はボクから逃げれんのか? そんなクソみたいなこと考える暇あったら曲書け」


「書くけどさー。書かせてもらいますけど。ちゃーんと、俺には教えといて欲しかったなー。凜くんのそういうとこ」


「黙れ。次、文句垂れたら作曲AIとして改造する。返事は」


「はいーーー」



 俺は脊髄反射で返事をした。……作曲AIとして改造するってなに!!! 何をされるのか意味不明だけど、怖いよ!


 三人は無我夢中で書類を書く。凜は退屈そうに外の景色を眺めている。途中で田中たなか茸木なばきが青ざめた顔をしながら、顔を見合わせていたが、凛の目線を一度受けると、すぐさま作業を再開する。



「次は代表決めだ。田中、お前がやれ」


「ええ、ボクですか!」


「なんで凛くんじゃダメなの?」


「はぁ? んなこと、少し考えれば分かるだろ。ボクが三年だからに決まってんだろ。ボクがいなくなったら、この会はそれで終わりなわけだ。ハッ、笑わせんな。そんな生温い覚悟でボクの歌を引き立てられると思ってるわけ?」


「あなたがいなくなったら、みんな辞めるんじゃ……」


「あ゛タケ声ちっせえぞ。言いたいことあるならハッキリ言えよ。それぐらいはAIでもできんだろ」


「まぁまぁー、仲良くしましょうねー」



 まじかー。俺結構、胃に穴が空くポジションかも。だけど、俺おかしいのかな。先輩にどんな汚い言葉使われたとしても、許せてしまう気がする。



「まだ決めることはあんだ。いちいち喚くな。ボクに手間を取らせるな。分かったか?」


「はい!」

「はいー」

「はい……」



 それぞれが返事をする。凛の柔らかな眼差しはどこへやら、今は鋭く冷たいものになっている。


 話し合いという名の強制パート指名会の幕が上がった瞬間である。

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