第2話(1/2)インスピレーションは口笛から
そもそも聡平は凛の居場所が分からない。一年生が三年生である、彼と会うのは至難の業だ。それこそ、向こうから寄ってきてくれなければ。何故か、無性に謎の先輩のことを彼が気になり始めた頃。
俺は今日こそ先輩を探そうと決意を固めた。そうなれば、まずは情報収集だ。放課後になると、寄って来た同級生の女子たちは、みんな少しずつ離れていって、もう誰も近づいてこなくなった。俺が運動音痴なことをどこかで知ったらしい。たぶん、無理体験させられたバスケ部かサッカー部かそれか……。自分に思い当たる節があり過ぎる。
自席で腕を組んでいる
「ねぇシノくんて、もしかして文化部希望だったりしないかな。最近運動場で姿見ないよね」
「あ、そっーうなんだよね。ちなみに何かオススメとかあったりする?」
「私の? そうだなー。演劇部とか?」
「演劇ね。でも俺、運動音痴だよ。ちゃんと演じられるのかなぁ」
「あー。そっか、体動かすの嫌い? しのくん、画になるなぁって思ったんだけど。ごめんね」
彼女はそう言うと片目を瞑り、指でカメラのポーズをつくる。被写体である
「もしかして写真部?」
「うん、そうだよ」
「あ、それとさ。本当に大したことじゃーないんだけど、小柄でおかっぱ頭のズボン履いてる女子見たことない?」
この子なら、知っていれば答えてくれる気がした。
「あー。待ってね。確か、この前。部室棟にズボンのおかっぱの子いたかも……、あと運動場にもいたっけ、それこそ、しのくんがサッカーやってるところ見てた気がする」
「へー、そうなんだ。 部室棟と運動場ね。ありがとう、佐藤さん」
俺は目の前のクラスメイトにお礼を言うと、スクールバックを背負って教室から飛び出した。
「うん。こちらこそ……」
何気なく呼ばれる名前には、破壊力があることを。さりげない笑顔の即効性を聡平は知っているはずなのに。彼はさらりとそれをやってのけてしまう。
俺は部室棟に足を踏み入れた。なぜだか背筋がぴしっとなる。階段を上がると、教室が見える。作りは基本的に教室棟と変わりがない。教室を部活の活動場所として使っているぐらいだ。
漫画研究部、書道部、美術部。教室から漏れ出る会話は心地が良い。同じ目標に進む仲間との会話は、さぞかし刺激的なのだろう。白熱した議論の声や、黙々と打ち込む作業の音。
廊下を進んでいると、吹奏楽部だろうか。楽器の音色が聞こえてくる。練習中のあどけない演奏はどこか、背中に推進力を授けてくれるようで。進んでいる内に階段に差し掛かる。ん?
吹奏楽部の練習の音に耳がいくら引っ張られていようが。いくら音が小さかろうが、聞き逃すはずがない。自分で作ったメロディを。俺は出しかけた脚と体を急いで引き戻し、階段の様子を窺うように聞き耳を立てる。
「ふんふふふーん、ふーん、ふん」
鼻歌なのに綺麗な音。そして明らかに俺の曲。最近、自意識過剰すぎるのかな。いやいや、まさか同じ学校に34人中2人がいるなんていう奇跡は……流石に起こらないと思う。顔なんて確認しなくても分かるのだが、確認したい。
俺が顔を出そうとすると、朧げながらに言葉が耳に届いた。幾つかかたまりのある言葉。一節。これは歌詞だ。聞き覚えしかないメロディに、聞き覚えがあるはずがない言葉に、きゅうーっと胸が苦しくなる。
締め付けられて、心臓は口から飛び出そうだ。耳は頭から、勝手に千切れて歩き出しそうなほど、この歌声を離してはくれない。
アイリスは主にパソコンで作られた音源を投稿している。インストゥルメンタルという楽器のみで作られた曲、ボーカルがない音楽だ。だから、メロディはあっても歌詞がつくことはない。
つまり、
俺は顔を確認することなく、急いで踵を返した。早く帰りたい。早く帰ってこの衝動を形にしたい。これしか頭に無かった。これだけで、今の軽い心を抱えて走るのに十分すぎる原動力だった。
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