第1話(4/4)美男子先輩との遭遇

 志之聡平しのそうへいはブロックへ律儀にハンカチを引いてから腰を下ろす。彼の横で中堂凛なかどうりんは自身の膝を抱えるように腕を組む。顔だけを聡平の方へ向けながら、話し始めた。



「ボクさ、バンドでボーカルやってたんだよね。まぁ、結構? すごく? それなりにさ、歌上手いわけ」



 先輩は「どう? 凄いでしょ」と言わんばかりのドヤ顔だ。結局どれぐらい上手いのか全く分からない。なーんだ。自慢話かよ。



「バンド内でカバー曲だけでなくさ、オリジナル曲にも挑戦したり、ネットで宣伝したり、精力的に活動してたんだけど、メンバーから溢れる熱量みたいなの? 何かが足りなくて、ボクの気持ちとズレてきて、結局辞めちゃったんだ。音楽性の違いってやつ?」



 多分違う。先輩とメンバーの人間性の違いってやつだ。この人、まだまだ付き合い浅いけど、少し人と外れている所がある気がする。俺はほどよく相槌を打ちなが先輩の話を聞く。



「ちょうどバンド辞めた頃。ボクがやりたかった音楽ってこんなんじゃないんだよなーって思いながら、音楽サイトを掘り起こしまくったの。それで! アイリスを見つけたんだよ」


「ひぇ、そ、そうなんですねー」



 急に例の名前を出されて、驚いた俺は変な声をあげる。ここで登場するのか俺。



「それで色々とアイリスの音楽を聞いてるうちにね。今度、もう一度音楽をやるなら、この人と一緒がいいなって」


「……ど、どうして、アイリスがいいんですか?」



 先輩は大きな目をさらに広げると、あからさまに口角を上げた。それから、俺の作る曲についてを語り始めた。使われている音がどうだ、あの曲の構成がこうで、だから良いんだ、といった音楽的なもの。聞くと自然にやる気が出る、なんか好きなんだという感情的なもの。様々な側面からの賞賛が止め処なく出てくる。あれ、これドッキリじゃないのかな。心がじんわりと温かくなるのを感じる。



「もう本当。ボクたち運命かもしれないね」


「え!? なに! う、運命?」


「だってそうでしょ。君は三十人の内の一人。アイリスを知る人物。つまりは居場所を知っているってことだ。ねぇどうなの?」


「はあ」



 いや、だから三十四人だってば。弱小投稿者はこういう数にはうるさいのだ。おそらく、小規模チャンネルの登録者は、大半が身内の場合が多いだろうから、俺がアイリスと近しい人物なのではないかという考察だろうか。全くその通りだよ。実際、友達や知り合い。親なんかの身内が大きな割合を占めている。


俺はアイリスを知っているし、居場所も知っている。というか、ここにいる。だから間違ってはいないのだが、微妙に惜しい推理である。ここまで鋭いなら、むしろ俺がアイリスである線をなぜ思いつかないのだろうか。



「……う、ん。知ってーます。けど先輩には教えられません。俺口止めされているんです。彼、または彼女。恥ずかしがり屋なんですよねー」


「ああ、そうなのか! 分かった。これ以上の詮索はしないさ。迷惑をかけるつもりはないからね。ただ、これだけは聞かせてほしいんだ。アイリスは今元気なのか?」


「は、はい。元気ですよー」


「そうか! それだけでも貴重な情報だね。ありがとう。ちょうど一年前に投稿が止まっていたから心配だったんだ!」


「ありがとう……ございます」



 アイリスの無事を聞くと、あからさまに先輩のテンションは高くなる。



「へ? 聡平そうへいは本当におかしな人だね。なんで君がボクに感謝するのさ」



 俺はすぐに誤魔化した。



「まぁいいか! こちらこそありがとうね。なんか色々と聞いてもらっちゃって。好きな音楽のこと共有できるのってなんか良いね」


「いえいえ。あ、先輩。俺もう帰りますね。鍵開けてくれますか」


「あ、そうだった。ごめんね、呼び止めちゃって」



 先輩はピョンと立ち上がり、いそいそと鍵を開けに行く。その可憐な後ろ姿はほとんどショートカットの女子と変わらない。だからこそ、すらりとしたシルエットのスラックスが余計に映える。先輩によって開かれた門を俺はくぐる。



聡平そうへい。あまり部活のこと気にするなよ。自慢じゃないが、ボクは一年の冬にはもう部活から抜けてるんだ。最初だけ適当に入部して、幽霊を経て、パッと消えればお咎めなしなんだよー!」



 何なんだ。その微妙に役に立たない裏技未満の情報は。



「は、はい! ありがとうございます」


「それと」



 先輩が初めて言い淀んだ。俺から目線を逸らすと、一瞬だけ目を瞑る。



「先輩は付けなくていいよ。名字か名前か。君が、聡平そうへいが好きな方で呼んでくれないかな」



 先輩はキリッとした顔で俺に、改めて向き直る。やけにピンとした姿勢が面白い。



「ふ。じゃあー……、りんくん。──また」


Comodoコモド



 凛はそう一言吐くと、聡平へ手を振る。彼が視界から居なくなるまで。


 手なんか振っちゃった。何だか顔が熱くて、俺はすぐに振り返って歩き出した。あんなに自分の曲を、それも面と向かって褒められたのは初めてだ。だからなのか、恥ずかしさや嬉しさが体の内側で爆発しそうだ。柄にもなく嘘もついた。変な気苦労もした。なのに、なんでこんなにも俺の口角は上がっているのだろうか。



「ふん、ふんふーん。ふふーん」



 この世にまだ存在しない変な鼻歌なんかも歌った。

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2024年11月30日 18:18

キミガネ:この気持ちを<俺、ボク>は音楽にする。 シンシア @syndy_ataru

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