第1話(3/4)美男子先輩との遭遇

 志之聡平しのそうへい中堂凛なかどうりんの後をついていくことにした。人の善意を踏みにじることができない、彼の人の良さからか。それとも、凛から離れがたさのようなものを感じたからか。こそこそと二人で昇降口の横、勧誘の猛者たちの視線を搔い潜り抜け出すと、部室棟と呼ばれる、教室がある棟とは別の建物の裏側へ回り込む。



聡平そうへい。君はその高い身長のせいで、あの勧誘どもの餌食になっているわけだね」


「餌食だなんて言い方は……」



 急に名前を呼ばれて、体は音に反射するかのように小さく震えた。この人、初対面からグイグイ来るタイプか。そうだよ。俺はあの厄介な勧誘の良い撒き餌だよ。



「だけどねー。君も今、ボクのことを、身長や、このカワイらしーい容姿から。性格なり、年齢なりを少なからず判断しているはずだよね」



 りんの身長。一般的な男子高校生よりも低い。というか、髪型や顔、見た目がとにかく女子みたい。凄く良い匂いもする。だけど不思議と分かる。こいつは男なのだと。今は上手く表せないけど、全てが収まる所へ収まった結果がこの見た目なのだと思える。


こういう話の振り方をするってことは。あれ、もしかしてこの人先輩?



「ボク。実は三年生なんだ」


「え! すみません。てっきり同級生かと、いやでも、言われてみれば、部室棟とか抜け道とか一年生が知り得ない情報を──」


「まぁこんな見た目だし、慣れてるからいいよ。君もそうだろうし」



 全ての自分事を、他人にも当てはめて考えるなんてことは出来やしないだろう。二人の間には微妙な空気が流れる。そんな空気に構うものかとりんは、ずんずんと進んでいく。彼からは、小柄な体に似合わぬ頼もしさがある。それから特に会話をするわけでもなく、二人は棟の裏側まで辿り着いた。



 正門よりも少しばかり、小さな門が見えた。いわゆる西門というやつだろうか。しかし、閉まっている。りんは特に気にする素振りもなく、門の横。生い茂った隅に身を投じる。彼よりも高い草木のせいで、面白いくらい簡単に姿は見えなくなる。


 先輩らしきものは、手を振りながら俺の名前を呼ぶ。え。行かなくちゃいけない感じ? 虫とかすごい居そうなんだけど。


俺は渋々、茂みに足を踏み入れた。ブレザー越しでも分かる、ピンとした草花の逞しさを感じながら、先輩のいる場所まで急いで向かう。



「ほーら、見えるかな。あそこフェンスが破けてるでしょ」



 身を屈めながら指を差す先輩。そのしなやかさの先には、よくグラウンドとか野球場を囲んでいるやつ。緑色の格子状の金網があった。その一部が破けている。確かに、ギリギリ人ひとり分くらいの隙間がありそうだ。



「無理ですよ、俺じゃ。見るからに通れないですって。制服引っ掛かりますよ」


「そんなのやってみなきゃ分からなくない?」


「やらなくても分かりますよ! 先輩なら通れるかもしれませんが、俺は絶対無理です」


「なんでよ! せっかくボクが親切に教えてあげたんだよ」


「あのー、本当に意味分からないです。子供みたいな焦れ方はやめて下さい。俺、侵入者じゃないんです。正式なここの生徒。あそこ通るぐらいなら、堂々と正門から帰ります」



 逆ギレするようにぷりぷりと声を荒げた、おかしな先輩へ。俺は至って真面目に硬く返した。すると、先輩は笑い出した。



「ははは。君は本当に面白いやつだね。こんな変な先輩に、バカ真面目に付き合ってくれるなんてね。ごめんね。抜け道なんて嘘だよー!」



 先輩はそう言うと、ポケットから鍵を取り出した。少し錆びついたそれは、おそらく西門の鍵だ。



「ねぇ少しだけ、ボクの話に付き合ってくれない?」



 先輩は茂みから、ぴょこぴょこと出ていくと、舗道とその境目のブロックに腰をかけた。あどけない笑顔を俺に向ける。今から共犯者に、悪だくみを持ちかけるかのようなテンポの手招きで呼んでいる。あー、付き合わなくちゃならない感じね……。

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