第5話
まずは国王。そして王妃。
白い光で癒している時に、それは起きた。
堅牢たる王城が大きく揺れて、天井がバラバラと崩れ落ちてきたのだ。
それは国王と王妃を守るために駆け寄ったジーニアスを直撃した。
「ジーニアス? ジーニアス? ……ジーニアス⁉ イヤァァァァ!!!」
白き聖女の嘆き叫びを、兵士たちの怒号が呑み込んでいく。
国王と王妃は部屋の隅に震えながらうずくまっている。
「両陛下を守れっ!」
「我らの愛と希望を守るのだっ!」
「正義は我らにあるっ! 悪魔に屈するなっ!」
誰の声とも分からぬ叫びは、血の匂いと共に散っていく。
愛を叫び。
正義叫び。
散ることのどこが美しい?
「誰かっ! 誰かジーニアスを助けて!」
白き聖女の叫びに、応える者は誰もなく。
王城内に燃え広がっていく炎が、ジーニアスの残骸を舐めながら取り込んでいく。
「誰でもいいっ! ジーニアスを助けてくれたら、なんでも言うことを聞くわ!」
赤く燃える炎の作り出す影が、不自然に伸びていく。
黒い影は笑いながら人の形を成していく。
「魔物だっ!」
「悪魔だっ!」
騒ぎ立てながら飛び掛かっていった兵士たちは黒い影に串刺しとなり、炎の中にくべられた。
国王と王妃は鋭い悲鳴を上げるだけで、震え固まり役には立たない。
「助けてっ! 誰かジーニアスをっ! ジーニアスを、助けてっ!」
涙で視界を曇らせながらマグノリアは叫んだ。
腕のなかで血を流すジーニアスの首はもげ、もはやもとに戻らぬことは一目瞭然。
だがマグノリアは叫ぶことを止められない。
「お願いっ! ジーニアスを助けてぇ~!」
マグノリアの叫びに応えるように、黒い影がゆらりと立ち上がる。
赤く燃え上がる炎の作る影のようなソレは、禍々しくも愉快そうに笑いながら話し出した。
「ハッハッハッ。面白い聖女だな。ならば、儂と取引をせぬか?」
「……取引?」
「そうじゃ、取引だ。儂に悪を捧げよ。さすれば、お前に白き力を与えよう。死人すら生き返らせることができるほどの、力を」
「力……」
マグノリアは、ジーニアスの血に染まる自分の両掌を見た。
彼女が持つ力は小さい。
死人すら生き返らせる力など、想像もつかない。
「そうだ、力だ。お前はお前が望む世界を、その力で手に入れたらいい」
「望む世界……」
「その力さえあれば、恋人を生き返らせることもできる」
国王と王妃が、自分たちを助けろと騒ぎ立てている。
彼らを助けることに意味などあるのか?
マグノリアは疑問だった。
「あぁ、ウルサイ。本当に目障りだ」
黒い影は国王と王妃も串刺しにして炎のなかにくべた。
「で、どうする? 聖女。お前は力をとるか? それとも、あの間抜け共と一緒に炎の中で踊るか?」
火にくべられた国王と王妃は、何やら叫びながら赤い炎の中で黒い影を作っている。
兵士たちよりも、幾分か長い間踊っていたが、その影もやがて消えた。
「私は……力をとるわ」
「そうか。やはりお前は面白い聖女だ」
黒い影は邪悪な笑い声を立てながら、マグノリアと契約をした。
契約内容は、彼らの餌となる真っ黒な悪意を捧げる代わりに、白い聖力を得ることだった。
それによりマグノリアは愛するジーニアスを取り戻した。
それを目撃した国王も、王妃も、兵士たちも炎の中に消えて。
真実を知るものは、黒い影とマグノリアのほかにはいない。
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