第9話

───水純




洋の心の揺れなどに周囲が気づくわけもなく、騒ぎの大きくなる前方集団は、遅れてやってきたある人物に釘付けだ。




「お前が釣ってきた子たちが本命来ないって帰ろうとしてたんだぞ! 俺らが引き止めてたからいいものを!」




釣ってきただの、本命だの、下世話な会話に辟易するのも忘れて、洋の目は彼から逸らせずにいた。




食って飲んで酔って騒がしい、そんな集団とは似つかわしくない、端整な顔の男がひとり。




すらりとした長身は細身で、白い肌と真っ黒な髪は好青年を思わせるのに、黒の隙間から覗く耳にはいくつものピアスが光り、人形のように美しい顔は表情の変化が乏しいせいで、まるで本物の人形のようだ。




彼が気怠そうに騒がしい奴らを見下ろす。



真っ黒な双眸は感情が死滅していて、まるで天から神が、無様な人間の姿を蔑むような視線にも思える。



男が億劫そうに唇の片端だけを緩く持ち上げて言う。






「わり。煙草吸ってた」





悪いと思ってないような口振りに、会が始まって既に1時間以上経っているというのに、煙草一つで片付けようとする横暴さ。




それなのに、抑揚のない落ち着き払った声でそう言われてしまうと、周りは「どんだけ吸ってんだよ」と笑って許してしまう。




そんな魅力を生まれながらに持っている男。

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