秋雨

秋。食欲の秋、芸術の秋、読書の秋。

秋雨の降るある日の記憶。


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その日俺はいつも通り図書室にいたんだ。

秋も深まる10月下旬。ゆっくりと冷え込んできた。

本を返し、次の本を探していたその時、手が他の人の手と触れた。


”あっ...その、ごめんなさい。”


気弱そうなメガネを掛けた文学少女。

少し高めの背と長くサラサラとした髪が特徴の、可愛い女の子。

たしか隣のクラスの...誰だっけ。取り敢えず本を渡す。


”あっ、その、えっと...借りなくていいんですか?”


全てのものを恐れている目をしている。俺のことを怖がっているのだろうか。

それとも人とのコミュニケーション自体が怖いのだろうか。

たぶん後者だ。彼女が人と話しているのを見たことがない。

俺は気になったから取ろうとしただけ。借りたい人がいるなら渡すべきだろう。


”あ、ありがとうございます...この作者さん、好きなんですか?”


作者にあまりこだわりはない。文字を頭に入れたり小説を解読するのが楽しいのだ。

好きな作者がいないわけでは無いが片手で数えられるくらいだ。

逆に彼女にはあるのだろう。選んでいる本の作者がほとんど一致している。


”この作者さん、好きなんですよね。ロマンチックで、透明感があるっていうか...”


すごいファンだ。すごい読書家なのだろう。ここまで熱中できるのは憧れる。


”あっ、ごめんなさい、喋りすぎちゃった...あの、えっと...”


パニックになりそうな彼女を落ち着かせ、椅子に座る。

相当なコミュ障だ。多分重症。スタバとか行ったら蒸発しそう。


”...あ、えっと、2-B 秋富 葉月です。よろしく、お願いします。”


取り敢えずの自己紹介。落ち着かせたからかほんの少しハキハキしてる。

こちらも取り敢えず自己紹介をしておく。互いの名前を知っておいて損はない。


”薫くん、ですね。えっと、あの...”


まだなにかあるのか。まあ想定はしていたが。


”と、友達になってくれませんか!!!”


本人からしたら大声で頑張っていったのだろうが元が小さすぎてやっと普通レベル。

お願い内容もいかにも陰キャって感じ。ここはどう答えるのが正解なのだろう。

取り敢えず了承しておくか。


”ホントですか?やった、初めての友達だ。”


高校2年にもなって友達1人とは相当なコミュ障だ。

今までの人生どう生きていただろうか。どうあがいても友人の一人できると思うが...


"私、話するのの苦手で、どうしても...その...ね。"


理解した。話しかけられても何も言わないタイプの人だ、聞こえないふりする人。

多分だけどほとんど本読んで過ごしていたのだろう。なんか可愛そうになってきた。


”それで、あの、もう1つお願いがあって...私のコミュ障治すの手伝ってくれません?”


なんかもう1つ要望増えてるし。しかも結構重めのやつ。

たぶん一生治らないだろうし俺では治せないと思う。完全に人選ミスだろう。

迷っていると葉月が話しかけてくる。


”その、嫌なら嫌でいいし、友達もやだったら全然辞めてもらってもいいし...”


泣きそうな顔で訴えかけてくる。やめてくれ、女子がなくと周りの視線が痛いんだ。

あまり首を深く突っ込みたくなかったのだが仕方なく了承する。


”ほんとですか?...ありがとうございます、すいません我儘言っちゃって。”


この重度のコミュ障をなんとかして一刻も早く解消すべく案を練り始めた。





作戦其の一。取り敢えず見た目から入ろう作戦。

まず伸び切った髪をある程度きれいにするところからだろう。

髪質はとてもいいので多分化けると思う。隠れたダイヤの原石だ。


結果。俺の知り合いのとこにいかせて切ってもらったら顔が見えるようになった。

めちゃくちゃ可愛くて、これぞ文学少女!っって感じの姿だった。

ロングのまま、前髪や毛量を整えてもらったらしい。大成功だ。

しかしだからといって話しかけてくる人は増えなかった。

そもそも注目すらされてなかった。


作戦其の二。少しずつでもクラスの会話に参加していく作戦。

クラスの優しそうな人に時間割を聞いていくる。

ここから少しずつ話を広げていければ大成功。


結果。話しかけられたものの声が届かず無理だった。

話すことと言うより本人の声の大きさが仇になるとは思ってもいなかった。不覚。

腹から声を出す練習とかさせたほうがいいのだろうか。


作戦其の参。先生に質問しに行く作戦。

まず先生と話せるようになればクラスメイトとも話せるようになるはず。

ついでに頭も良くなって他の人に教えに行けるから一石二鳥。


結果。一部先生と仲良く慣れた。本の趣味が合ったらしい。楽しそうだった。

クラスでも話せるようにはならなかった。

本読む人が少ないし気難しそうな人ばっかとのこと。そんなこと無いのに。


作戦其の肆。もう俺の友人とぶつけよう作戦。

俺の友人に本好きのやつがいるのでそいつとぶつける作戦。

どんな本が好きとかは知らんがいいやつなので大丈夫だろう。


結果。お互いコミュ障すぎて会話にならなかった。おい友人よ、お前もだったのか。

友人曰く可愛すぎて顔を直視できないとのこと。陰キャ男子の宿命だ。

ちなみに葉月は知らない人で怖くて話せなかった、申し訳ないと言っていた。

話した内容は好きな本の著者やジャンルだったがどもってしまったと言っていた。





取り敢えずできる処置は施したがもうだめだ。

友人ができる希望は見えるがコミュ障脱出は見えない。

多分俺みたいに優しい人が一人二人なってくれるだろう。

そう言って見ると葉月はどもる。


”あ、あの、いや、薫君は話しかけるきっかけがあったからで...”


誰でも喋れるわけではなさそうだが、きっかけがあればいけそう。

ただどうする?11月なんてあらかた行事は終わってる。

年末年始は皆規制やらで忙しいしあとは卒業式くらいしか... はっ!

我が高校にはクリスマスパーティーとやらがあったな、自由参加の。

去年は強制連行で二度と行くかと思ったが葉月の成長のためだ。一肌脱ぐか。

葉月はピアノができるらしく学校という場では大きなアドバンテージとなる。

そして俺はpcイジっての制作作業なら軽くできる。

そしてそして、クリスマスパーティーにはバンドステージがある。

バンドと名のついてはいるものの実態は自由発表。

演劇部や吹奏楽部がでてはいる何でもありなのだ。俺等もそこに出ればいい。


”恥ずかしいし、そこまでうまくないし、不安だし...それは、その...”


この話を聞いた葉月はあまり乗り気ではないらしく声がどんどん小さくなっていく。

まるで怒られている小学生の言い訳のようだ。

しかしここを逃せばたぶん一生このままだろう。そもそも注目すらされてないのだ。

存在を知られていなければ話しかけられるはずがない。幽霊と一緒だ。


”そこまで言うなら、やる努力はするけどさ...薫くんも、手伝ってくれるんだよね?”


当たり前だ。前に出るのは一人で出てもらうが書類や裏方は全部こっちで受け持つ。

動画の撮影などは少し手伝ってもらうだろうが他はできる。

それにピアノの練習なんて時間も労力もかかることをやってもらうのだ。

言い出しっぺの俺が迷惑はかけられない。


”一人!?一人で立つの!?”


当たり前だ。俺は何もできないからな。一人さみしく隣で立ってろってか。

地獄絵図確定の悪夢をよくするすると言えるな。恐ろしい子。


”あ、ああ、えっと、やっぱなしってのは...だめ?”


一生コミュ障でいいならいいが治したいなら荒療治しか無い。頑張れ。

哀れみと優しさを込めた目で見たら諦めてくれた。





ということで次の日。早速俺等は練習に取り掛かった。

プレッシャーに弱い葉月に少しでも自信をつけておくためだ。

昼と放課後にpcのピアノを触ってもらい、俺は別端末で作業をする。

後ろに流す動画やピアノの配置、練習日の調整に当日の衣装。

全てを書類にし、葉月に目を通してもらって、許可をもらう。

正直に嫌なら嫌と言ってくれと言っているが大丈夫だろうか。


”ピアノ好きだし、こういうの夢だったんだ。”


そういう葉月は楽しそうで、可愛かった。

俺はそこで、葉月のことが好きだったと気づいた。




11月、葉月も俺もクリスマスに備えてずっと練習していた。

どこでどうするのか、何をするのか。動画の流す順や微調整を繰り返していた。

葉月は隣でずっとピアノと向き合っている。譜面を暗記するためにも頑張ってる。

その姿はきれいで、見惚れてしまうほどだった。

しかも目が合うと笑いかけてくるんだから心臓に悪い。

急いでpcでの作業に戻らないとこのまま引き込まれてしまう。

最近は葉月が俺と話すときにはスルスルと話せるようになってきた。

なにか話すたびにうんと確認が入る癖ができたものの、普通に会話できている。

少しずつでも成長を感じられてとても嬉しかった。あとはそれを見てもらうだけだ。


11月も中頃になってくるとクリスマスパーティーの話が出てくる。

どこの誰がバンドを組んだとか、何組のあいつがなんかやるだとか。

しかしもちろん俺等は話題に上がら無いわけで。

裏でこっそりと準備を進めていた。

最近は葉月も慣れてきて先にいることも多くなってきた。

でも俺は見逃さなかった。最近なにか隠して無理していると。

なにか辛いことはないかと聞いてみるがいつも同じ返しをされる。


”そんなことないよ、楽しいよ?好きなものと友達がいて、うん、楽しい。”


どこか無理をしてるんじゃないかと思い休んだらと言うがそれでもと言っている。


”大丈夫、楽しいしまだ休まなくたっていけるよ、うん。行けるいける。”


大丈夫、楽しいよ。どこか後ろめたそうで、どうしても引っかかった。

でもそこまで無理やり聞いてもだめだろうと思い深くまで聞けなかった。






11月の終わりごろから葉月が学校を休むのが多くなってきた。

そして、ついに12月になると学校に来なくなった。






一週間もすると先生たちがプリントを届けてほしいと生徒に言いに来る。

しかし彼女の友人は俺しかいない。大人しく先生の話に従い記載された住所に行く。

ついたと同時に驚いた。普通の一軒家、のように見えた。中から怒号が来なければ。

嘘だと思いたかった。しかし住所はあってる。Googleマップがここを指している。

中から封筒を持ったヤクザらしき人が出てくる。殺されるかと思った。


`あんちゃん、ここに用かい?すまねぇな、うるさくしちまって。`


意外と優しい。というかなぜ葉月の家にヤクザなんて物騒なもんが...

見た感じ借金取りに来たみたいだが、そんな話は聞いていない。

そんなことを思わせるようなこともないはずだ。なにせあいつはわかりやすい。

嘘や隠し事をしているととたんに話さなくなる。それに目を合わせなくなる。

数日一緒にいるだけで気付けるほどわかりやすいのだ。昔からの癖なのだろう。


家の中では夫婦喧嘩のような声と幼い泣き声が聞こえる。

取り敢えずインターホンを押そうとするとヤクザさんに止められる。


`葉月の高校のもんか、今は入んないほうがええ、怪我したくないなら待っとき。`


優しい。めっちゃ優しい。多分悪い人ではなさそう。何があったのか聞いてみる。


`嫁さんの浮気と借金、この間発覚したんよ。家族に言わずしてたみたいでね。`


だからか、葉月がわからなかったのも、俺が気付けなかったのも。

というかお母様やばいやつだな、ホストに貢いでたのかな...


`中で何してるかって?親父さんが怒鳴り散らしてるよ、ガキどもに。`


やばいじゃないか、こんなところで話してる場合じゃない。

急いで家に入ろうとするも呼び止められる。


`無駄に他の家の事情に突っ込むな、安易な助けは地獄につながる。`


知るかそんなもん、人が困ってて助けないのはどうなんだ。

せめて警察でも呼ばなきゃ。ヒョロガリモヤシの俺だけでは多分止めれない。


`警察だって来たらガキが施設行き。そうなったら辛いのは誰だろうな。`


だめだ、取り敢えず家に行こう。

扉を叩く。できる限り大きな音がなるように、力強く。

そのうち扉の鍵が開く音がする。後ろに後ずさると拳が飛んできた。


'うるせぇぞガキが!やかましい、ぶち殺してやろうかぁ!'


開口一番暴言。浮気されても仕方ないようなクソ人間。身なりは薄汚れたおっさん。

後ろから少年のすすり泣く声がする。暴行か。それかびっくりして泣いてるのか。

取り敢えず立ち上がり、葉月のためにプリントを届けに来たと用件を言う。


'ああ、学校の者か。そこらに置いとけ、んではよ帰れクソが。'


扉が閉まる。と同時にヤクザのお兄さんが冷えたペットボトルを持ってくる。


`アンタ派手にやられたな、取り敢えず冷やしな。んで早く帰れ。`


葉月や中の少年はどうなるか、聞きたくても聞けなかった。警察は呼ばなかった。

帰り道、異例の残暑と冷えたボトルが俺の心をかき乱す。

本当に俺がしなきゃいけないのは何なのだろう...





















助けなきゃ。





















できるはずがなかった。

次の日。休日。葉月の家に行くと昨日のヤクザが。しかし今日は人が多い。

持ってけ、売ろう、金になるという声が聞こえる。不穏だ。

そんなことを思ってると昨日のヤクザが気づき、近づいてくる。


`何だ、また来たのか。今日は帰れ、二度とくるな。`


昨日より強い言葉。しかし今日は葉月だけでも連れ出したいのだ。

あと少しで発表会。それに聞きたいこともいっぱいある。

そう思っているとヤクザの後ろから声がする。

あらかた片付きました。もう売れるもんはない。

ヤクザを押しのけ俺は叫んだ。葉月!いるんだろ!


`嬢ちゃんならもう持っていったぜ。`


後ろから静かに放たれた言葉。俺の体が固まる。


`今頃売春か臓器売買にでもかけられてるだろ。たぶん両方だな。`


嘘だ、なんでそんなこと。ありえない。


`ちびも連れてった。泣きわめいてたが今頃バラすか変態に買われてるだろ。`


その瞬間、俺はヤクザを殴っていた。と思ったら地面の感触。

当たり前だろう。人殴ったことのない陰キャとガチヤクザ。当たり前だ。

ボコボコにされた、お前も売っぱらってやろうかって。死ぬかと思ったね。

でも生きて帰れた。家に入った瞬間倒れてしまって、起きたら病院だった。

数日入院して、学校に復帰した。葉月は行方不明になってた。


警察にも行ったけど動けなかった。証拠があっても金で黙らせてるらしい。

ヤクザらしいやり方。クソッタレが。

あのあとヤクザから慰謝料として数千万とこっそり葉月のその後を教えてもらった。

売春で壊れるまで使われたあとにバラされて売られたって。

殺してやりたかった。警察に突き出してもなんにも変わらなかった。

ネットで出してきただの、悪質ないたずらだの。

結局警察は動かないし葉月は殺されてしまった。

気持ちも伝えられぬまま終わってしまった。

俺だけは忘れないから。





















今、行くからね。

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四季刻々 テトロドトキシン3.9 @kawakichi1022

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