第32話◇招待◇
「ちょっと待ってね。予定見てみます。」
瑠璃子は事務所の壁に掛かったカレンダーを見た。今治薬剤師会の生涯教育があったが、木村との食事を優先する事にした。
「十月十三日は薬剤師会の生涯教育があるけど、良いよ。」
「良いの?。」
「せっかくだから。薬剤師会はさぼるわ。」
「悪いね。木村君に伝えます。」
木村は瑠璃子に何故直接連絡してこないのか不思議だったが、ちらちらと燃え始めた危険な炎が、これ以上燃え盛らないようにお互いに意識していたのかもしれない。令和三年年十月十三日、遂に木村と約一年ぶりの再会を果たす日が来た。結局当日まで木村から連絡はなかった。瑠璃子は久しぶりの木村との再会に胸がはずむのを感じた。瑠璃色の地球がどのように出来上がっているのか見るのが楽しみだった。
瑠璃子は当日の午後六時半頃から店を営業しながら支度を始めた。ホテルでのディナーなので、おしゃれをして行こうと思った。あまり派手でなくそれでいて上品な服を選ぶのに、鏡の前で来たり脱いだりして汗をかいた。メリルストリープの映画「恋に落ちて」で、主人公が初めてのデートの時に同じように着替えていたのを思い出した。さんざん迷った挙句、瑠璃子の好きなワインレッドのレースのワンピースとジャケットのアンサンブルを選んだ。この洋服はコロナ禍の前に、姪の結婚式の為に買ったものだった。結局結婚式は中止となり、クローゼットの中でお寝んねしていたのだ。去年より三キロ痩せたので、腹の出っ張りも目立たなかった。ほぼ足首まであるワンピースに、ヒップが隠れる丈のジャケットを着ると、鏡の中の瑠璃子は還暦でもまあまあだと自分に合格点をつけた。普段アクセサリーを殆どつけないが、胸元には二連のパールのネックレスをしてピアスもパールで揃えた。コロナ禍でマスク着用が常となったこのご時世、当分化粧もしていなかったが、久しぶりにしてみた。ドレッサーの前に座り、化粧水や乳液をつけ、下地クリームを塗った。ナチュラルベージュのファンデーションを薄くスポンジで伸ばし、ドレスに合わせて赤みがかったブラウンのラメ入りアイシャドーを瞼にのせ、紫がかった赤色の口紅を塗ると、だんだんテンションが上がってきた。髪の毛をブラシで整え、焦げ茶色の小さな革のバッグを持って、木村を待った。表が良く見えるレジ横の椅子に座って真っ暗な駐車場を見つめていた。約束の十九時少し前にタクシーが入って来た。瑠璃子の鼓動が徐々に高鳴るのを感じた。木村が入って来る前に瑠璃子はもう一度、相談机の引き出しに入れていた鏡で顔を映した。その時店のチャイムが鳴った。
「こんばんわ。」
「こんばんわ。お久しぶり。」
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