第29話◇夢の扉◇
「やばい。七時過ぎている。木村さん。ごめんなさい。飛行機に乗り遅れるから行くわね。」
瑠璃子は荷物を持って立ち上がった。
「これ、持っていて下さい。」
木村は、スケッチブックを瑠璃子に差し出した。
「えっ?これ原画でしょ?良いの?」
「良いのです。コピー取ってますから。」
「原画をくれるの?」
「はい。持っていて下さい。」
木村の一直線な思いが瑠璃子の心に突き刺さった。瑠璃子はスケッチブックをバッグにしまった。
「保安検査場入り口までお送りします。」
木村は会計を済ませ、二人は混雑した人ごみの中を保安検査場まであまり話もせず歩いた。
「還暦なのに。ナニコレ!」瑠璃子は何度も頭の中で繰り返した。保安検査場の前に着くと瑠璃子は木村に礼を言った。
「今日はありがとう。ご馳走様。デッサン画もありがとうね。コンペ優勝すると良いね。祈っています。」
「こちらこそ。ありがとうございます。お気をつけてお帰り下さい。また、年が明けたら今治に参ります。その時はご連絡致します。」
飛行機の中でつかの間の逢瀬の余韻に浸っていた。木村は子犬のようだと思った。瑠璃子は、佳乃子と友達付き合いをするようになって、休みの日にドックランに誘われるようになった。ドッグランは今治市に隣接する西条市の山のすそ野にあった。そこのオーナーの真由美さんはポメラニアンを十六匹飼っていてブリダーをしていた。子犬が産まれても、病気だったり、器量が悪良くないと自分で飼っているのだと言う。真由美さんは生後二か月くらいの子犬をドックランに時々遊びに連れて来ていた。子犬はいつも真由美さんのバギーパンツの裾にまとわりついてじゃれていた。
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