7 喪失のあと

彼女を失ってからの数週間、僕の日常は静かに崩れていった。

朝が来るたびに、彼女の笑顔が消えた現実を突きつけられるような感覚が襲ってくる。

「普通の生活に戻る」なんてことが、いかに不可能なことか、初めて分かった。


僕は仕事を辞めた。

理由は特にない。ただ、彼女がいない世界で、仕事に意味を見いだせなくなっただけだ。

誰にも言わず、ただ静かに会社の机を片付け、退職願を出した。


部屋に戻ると、彼女の痕跡が至るところに残っていた。

彼女が使っていたカップ。まだ読みかけだった雑誌。僕のシャツを何気なく羽織っていたのか、クローゼットに紛れている服。


それらを目にするたび、僕の中で何かが壊れていく。

捨てられない。動かせない。触れることすらできない。


僕は彼女のことを探し始めた。

本当は彼女が死んだことなんて分かり切っている。けれど、どこかで「もしかしたら」という気持ちが消えない。


彼女とよく行った公園。

彼女が好きだった本屋。

小さな花屋。


足が自然とその場所に向かう。

もちろん、彼女がそこにいるはずなんてない。

けれど、僕はその場所を歩き回り、周囲を見渡してしまう。


ある日、彼女と一緒に通っていたカフェに入った。

窓際の席に座り、彼女が好きだったカフェラテを注文する。

目の前には何もない。けれど、そこに彼女の存在を感じる。


「どうして僕だけがここにいるんだろう。」

そんな疑問が浮かび上がる。答えはもちろん出ない。


窓越しに見える街並みは、何も変わっていない。

けれど、僕にはすべてが空っぽに見える。


夜になると、彼女の言葉が頭を巡る。

「幸せになってほしい。」

その言葉が重くのしかかる。

どうやって幸せになればいいのか。彼女がいないこの世界で。


僕は布団に潜り込み、彼女のいない夜に耐える。

彼女がいてくれた夜の温もりが、今はただ冷たい静寂に変わっていた。

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