仙櫻御伽噺〜Solemn promise〜

蒼河颯人

第1話 わたくし、桜の樹でございます

 わたくしは一本の樹でございます。この広いお庭に植えられている桜の樹です。え? いつから此処にいるのか、ですって? 何十年、いや、何百年かも知れませんねぇ。正直申し上げますと、わたくし自身良く分かりませんの。


 こちらでもう何年も生きております故、この傍に建っている建物以外、知り合いもおりません。この世に生を受けしもの、いずれは立ち去ってゆくものですからねぇ。それに、わたくしが此処にいつ植えられたかだなんて、もう遥か昔のこと……ほとんど覚えておりません。


 わたくしのはなしを聴きたいですって? まぁ、貴方様はなんて奇特なお方ですこと。いえね、これまで生きてきて、わたくしに興味を持って頂けた方は、どなたもいらっしゃいませんでした。


 ただ一人、あのお方だけでしたから……。


 もし気分を害されたのでしたら、ごめんなさいね。わたくしはただ、驚いているだけですの。だって、自分のことを聞かれて、嬉しくない筈がないでしょう? ただ生えているだけのわたくしにも、心というものはございますからねぇ。嬉しいものは勿論、嬉しゅうございます。

 

 わたくしの名前を知りたいですって? ええ、ありますよ。そうですねぇ。これも何かのご縁ですから、お教えしましょうか。


 〝小百合〟


 それがわたくしの名でございます。人に名を聞かれたのは、貴方様で二人目です。自分の名を口にするのは、一体何十年振りでしょうねぇ? 久方振り過ぎて、胸がちくちくと、尖ったもので突かれたような感じがしましたわ。


 この名前をつけたのは誰、ですって? うふふ。素敵な名前でしょう? え? その方のことを知りたいですって? はなすと長くなりますけど、貴方様、その、お時間は大丈夫ですか? 




 ……かしこまりました。それでは、今からおはなし致しますので、どうぞごゆるりとお聴き下さいませ。

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