水に浮かぶ赤と変死体

 カビで埋もれた全面灰色の浴室に逃げ込んだダドと私。

 今もダドは右肩と右脚から血を垂らしていて、今にも気を失いそうに倒れ込んでいる。

「ダド!死なないで!今なんとかしてあげるから!」

 ダドが立ち上がり自ら浴槽の中へと入る。

 浴槽の中には薄黒い無数の渦を張った水が貯まっていた。

「僕はここで少しいるよ。君を助けにきたけど、これじゃあ足手纏いになるから、少し先に行っておいてくれないか」

 そう言ってダドは浴槽に浸かっていった。

「大丈夫なの?あいつに引きちぎられたその肩とか….」

 ダドが不思議そうに私の目を見て言った。

「あいつ?あいつって誰の事?さっきからずっと、僕と君以外誰もいないじゃないか」

 私は口を開けて唖然とした。ダドが何を言っているのか理解に苦しんだ。

「だって、背の高い頭が半分しかない不気味の男がいた….」

「僕はそんなの見ていないよ。いきなり君が泣きながら怯えながら僕を引っ張ってここまで連れてきたんじゃないか」

 ダドはただ純粋にそう言っていた。

「確かに何もない所で僕の腕が無くなったのは謎ではあるけど。でもそんな事も気にする必要がないほどここが心地いいんだぁ!」

 私はどれも理解できなかった。ダドはあの高身長の男を見ていない。私がいきなり連れてきたと思ってる。私の幻覚?でも、だとしたらダドの腕が無くなってるのは本当だからそれは幻覚ではない。どうして、なんで、わからない。

 ダドが浴槽に浸かってから腕が無いのにすごく落ち着いてるし、ダドはおかしくなってしまったのか。それとも私がおかしいの?でも浸かってるダドの方がおかしい。

 後ろを向き扉の方に向かいダドに一言告げる。

「わたし、1人で行くね」

 がちゃっ。がちゃっ。

 なぜか浴室の扉は開かなかった。

「え?」

 途端に浴室の照明が消えた。足から痺れるように緊張が走って呼吸が苦しくなった。

 ぽちゃん。となにかが水に落ちる音が聞こえた。私は右往左往しながら浴槽の方へと向かった。

 脚が浴槽に当たるのが分かる。ゆっくり中へと手を伸ばす。

 いない。ダドに手が当たらない。左右、前後に手を廻すがダドに一度も当たる事はなかった。次は水に当たった。その水は生ぬるく少しべとべとしていた。

 そして何かに手が当たる。掴んで引き上げるとそれから。

「おぎゃあ!うううう!うぎゃあ!」

 赤ちゃんの声が聞こえた。何か、袋のような物に包まれている赤ちゃんが泣き続けている。

 なんで、赤ちゃんが?ダドはどこに行ったの?

 すると突然、扉が強い力で叩かれた。男の声で雄叫びを上げながら強く扉を何度も叩く。きっとこの赤ちゃんの泣き声に気づいて来たんだ。

 どうしよう。ばれた、居場所がばれた。

 男に入られる。

 おぎゃあ!ドォン!おぎゃあ!うぐああああああああ!ドォン!

 赤ちゃんを泣き止ませないと。

 おぎゃあ!おぎゃあ!

 泣き止まない。泣き止まないよ。

 うあああああああああ!ドォン!

 男が、入ってくる。来る。

 呼吸が、呼吸を、してるのにしてないみたいに苦しい。

 来る。止められない。来る。止められない。来る。止められない。

 袋に詰められた赤ちゃんを抱き抱えたまま座り込む。

 …………….。

 ?

 気づくと静かな浴室に変わっていた。男がいなくなっていた。そして赤ちゃんも泣き止み、ぴた、ぴたっと水が滴る音だけが浴室に残っていた。

 浴室の灯りもついていて、私は周りをゆっくり見渡す。

「あ、赤ちゃん!」

 咄嗟に持っていた袋を見る。薄汚い小さな布袋に口部分が紐で括られている。私はその紐をすぐに解いた。

「うっ!」

 血腥さと赤ちゃんの姿にそんな小さな声が出た。肌がなく、まだ完全に体全体の形が成っていない赤ちゃんは蠢いていた。

 全身が血だらけで頭が体より小さかった。目と鼻がなく凹みだけがあった。小さな口だけがぱくぱく動いたり止まったりして、閉じる事はなかった。

 そして何より、右腕が無く右脚も欠けてる。ダドの負傷箇所と同じだ。

「….ダド?」

 私の言葉に反応するかのように赤ちゃんが声を発した。

「あーうぅ!」

「大丈夫だよ….私がなんとかしてあげる!」

 赤ちゃんが小さく笑った。

 再び赤ちゃんを布に入れる。入れると同時に悲しそうな声を上げた。少し胸が痛いけど赤ちゃんを傷つけないためには仕方ない。

 両手で赤ちゃんを抱え持ち、扉の方へと向かった。さっきとは違い扉はすんなりと開いた。

 大丈だよダド、私がいるからね….。

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