別れ話は向こうから

未だ震える脚をなんとか立たせて部屋の外へ出た。高身長の男の姿はなく、その代わり長い廊下がつづいていた。

 所々床が抜けているのを見ると、腐敗が長く続いているのだろう。こんな私が歩いても歯軋りのように音を立てる床がなぜあの高身長の男は一切の物音立てず歩いていたのだろう。あまりの恐怖でそんな音聞いていなかっただけ?

 私は床が抜けないようゆっくり、慎重に長い廊下を歩いた。

 長い、とても長い、こんなにもたどり着かないものなのかとつい思ってしまう。

 ギギギィ、ギギギギィと床が軋む。こんなに音を立てるとさっきの2人に見つかってしまうのではないかと不安になる。

 まだ、やっと次の部屋の扉にたどり着いた。数mしかないのに恐ろしく長く感じた。たどり着いた達成感で胸を撫で下ろし、部屋の扉に手をかける。

 キーンと甲高い音が鳴る。

 暗い、なにも見えない。廊下からの光しか入らず、部屋の中がなにも見えない。

 目を逸らした。けど、手を握り締めて一歩前へ踏み出す。

 部屋の中はひんやりしていた。床は足の裏がつーんと来るほど冷たい、そしてこの静かな部屋には水滴がぽとん、ぽとん、と落ちる音が聞こえる。

 自分の心臓の音がはっきり聞こえるほど耳を澄ませて歩き続けた。何歩?何分?数えてもいないが長く、長く歩いたと思う。

 寒い、冷たい、怖い、寂しい。

 いきなり、左手首をぎゅっと握られた。驚いて振り払おうと腕を振ったら、あっけなく解けた。

「大丈夫、ぼくは君の味方だよ」

 男の子の声がそう話した。

「そんなに音を立てると"あれ”が起きちゃう!」

 警戒しているのか小声で私に話しかける。

 きっと男の子だから平気だと思う。なぜか分からないけど本当に味方な気がする。

「あれって?」

「君も見たことあると思うんだ。きっと見たら分かるよ」

 辺りを見渡すけど、暗くてなにも見えない。目が慣れるとかそんな暗さではない。肉眼じゃ対応できない暗さだから。

 布の音が聞こえると、ぴた、ぴたっと足を床についたようだ。

「ほら、行こ?君が見るものはここじゃないよ」

 男の子がそう言うと、今度は優しく左手を握ってくれた。

 冷たかった。けど気持ちが、心が温まった気がした。

 2人で廊下以外なにも見えない部屋を今度はゆっくりではなく、まっすぐ歩き進んだ。何かを信じるかのように進んだ。

 誰かが、何人もの人が何かを言っている声が後ろから聞こえる。それは行くなと言わんばかりに私達に近づいてくる。

 足から頭の先まで駆け上がるかのように寒気が走った。これが男の子の言う"あれ”なのか

 来る。確実に近づいてきてる。後ろが気になり見ようとする。

「振り向いちゃだめだ!まっすぐ前へ進むんだ!」

 男の子がそう言い、私は言う通りに進んだ。

 廊下に出る扉のすぐそばで真後ろに"あれ”がいる。私は冷たい手に腕を触られた。

 瞬間、男の子が勢いよく私を廊下に引っ張った。

 扉を強く閉めて私に振り返る男の子は、首を傾けてにこっと笑顔を見せてくれた。私はそれに安心していた。

 それよりさっき腕を触られた時、女の子の声で「鏡を」と言っていた。無理やり引き出さられたからその続きは聞こえなかったが、あの女の子はなにを言いたかったんだろう。

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