第二部
第一章
第59話 それ、マッチポンプって言うんですよ
――メンショウ帝国、カフカス大森林に行軍す。
その報告がディアモント王国に届いたのは、ちょうど結婚式に伴う諸々の後処理が終わり、一息ついている時だった。
すでにメンショウの軍勢は国境線を超えているので、カフカス到達までの猶予はそう長くない。
そこで俺は、最新の世界情勢を確認するため、魔導都市アドラニスタにてリリスリアと面会していた。
「随分と早いのね……」
目を丸くするリリスリアを見て、そう言えば話していなかったなと思う。
「ああ、実は――」
メラニペや怪鳥さんの事を伝えれば、返ってくるのは呆気に取られた表情。
実際、無軌道な事をしている自覚はあった。
「貴方が、世界各国に空を飛んで移動出来るって……それは、ダメじゃないかしら?」
「それくらいしなきゃ、小国の戦力で大国と渡り合うなんて出来ないさ」
「大国ね。もしかして、メンショウ帝国の進軍も貴方の策略かしら?」
ノータイムでそこに繋がる辺り、やはり頭の回転が早い。
「ああ。もうじきカフカス大森林が崩壊するからな。その崩壊にメンショウ帝国の軍団を巻き込んで壊滅させる」
「……、なるほど、なるほど。……貴方、やっぱり神さまよね?」
遂に理解する事を放棄したらしい。話が早くて助かる。
「それで、付け入る隙が出来そうな国はあるか?」
「その前に、今の貴方がこの世界をどうしたいのか教えてちょうだい」
「各国に介入して戦争を裏から支配する。ディアモント王国に火の粉が降りかからないようにな」
俺の言葉を聞いたリリスリアは、何かに納得したような表情になった。
「雰囲気が変わったと思ったけれど……国内を平定して、戦力も整って、他国に干渉する余裕が出来た、と」
「本当に話が早いな」
「ヤエ・シラカワがいて心臓が止まりかけたもの。それに、その指輪。ルリちゃん達の指輪もそうだけれど……それほどのモノを製作可能な鍛冶師を手に入れたのね」
どうやらネコミの存在はバレていないようだ。流石は忍者。
「ま、この数ヶ月あちこち奔走したからな」
「その言葉で片付けて良いモノではないと思うけれど……ええ、分かったわ。それなら、貴方が何でも出来るという前提で話すわね」
俺の頷きを確認して、リリスリアが言葉を続ける。
「確定で情勢が動くのはフソウ皇国ね。帝国が大森林を制圧したら、周辺の小国はあっさり呑まれて……そうなったら次に帝国が狙うのは、フソウの同盟国であるミノエナ王国だから」
つくづくフソウに縁があるな、と思う。だが、それも当然かもしれない。
原作開始時点で中規模国家から大国に成長している――。
それはつまり、拡大の余地やポテンシャルがあり、情勢が動きやすいという事なのだから。
「ミノエナ防衛の為に軍団を送りたいフソウは、けれど現在、隣国のキノカ王国と小競り合いの真っ最中」
「つまりキノカを制圧して
「ええ。ウチから魔法使いを借りる契約もしていて、巫女姫も出陣させるみたい」
巫女姫――それは、フソウが有する戦略級の逸材。
固有スキルで軍団の被ダメージを50%カットし、持続回復を付与するため、防御力にバフが掛かる防衛戦において無類の強さを誇っている。
そして、原作ゲームの二周目以降でフソウを選ぶとルートが開放される、五人いるメインヒロインの内の一人。
「フソウのキノカへの侵攻はいつ頃だ?」
「およそ十日後ね」
「いったん領地に戻る時間くらいはあるか」
何せこちらは新婚である。スキマ時間があれば少しでも嫁の為に使いたい。
「……その顔、もしかして貴方が直接向かうのかしら」
「ああ、俺にしか出来ない事だからな」
設定を踏まえるなら、キノカとの戦いで巫女姫が負傷し、フソウは撤退寸前まで追い込まれる。
正史ではヤエとその弟子たちが参戦し、フソウが逆転勝利を飾るが――当たり前だが、今のフソウにヤエたちはいない。
だから、人員不足を俺が補う。
「ありがとな、リリスリア。その情報はまさに値千金だった」
「他の国の情勢も後で纏めるから、覚えて帰ってちょうだいね」
「至れり尽くせりだな……」
「貴方の為だもの。私が捧げられるものは全て捧げるわ」
魔導都市と顧客である各国を平然と裏切るリリスリア。
その瞳に宿る信仰に、一応の釘を差しておく。
「リリスリアなら平気だと思うけど、バレないようにしてくれよ。お前がリコールされたら俺の計画が壊れる」
「フフ、安心してちょうだい、抜かりはないもの。……ちなみに、一日くらいは滞在出来るかしら?」
「ああ、そのくらいの時間はあるけど、どうした?」
「貴方に紹介したい子がいるの」
――そうしてリリスリアに紹介されたのは、実に意外な人物だった。
「お久しぶりですぅ。その節はありがとうございましたぁ」
紫髪の三つ編みおさげを揺らす、白衣の女性。ニット生地のセーターの上からでも分かる胸の膨らみ。
かつて魔導都市に来た時に助けた眼鏡女子が、キラキラと輝く眼差しで俺を見つめていた。
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