第58話 悪徳侯爵の奔走記
庭先に設置された木目調のベンチに座り、月を見上げていたアイル。
俺に気づいた彼女はズレた眼鏡を直しつつ、座り位置を直す。
「どうぞどうぞ、御主人様! 座ってください」
「ああ、そうさせてもらおうか」
アイルの隣に座り、肩を並べながら月を見上げる。
「御主人様、お疲れです?」
「いや、俺は大丈夫だけどルリたちがな……」
武勇が高いメラニペすら疲労が抜けていなかったのだ。これは真面目に対策を考えた方が良い案件かもしれない。
「ははぁ、
「子供……か」
関係を持った以上、当然それは想定すべき事だ。
「……なぁ、アイル。この世界って、どこもかなり出生率が低いよな」
「奥方様たちに関しては大丈夫ですよ。バッチリ環境を整えて、絶対に出産を成功させますから」
その言葉は一つ安心材料にはなったが――。
「でも、領民にとってはしんどい状況だよな。……領内の全ての街や村に綺麗な産屋を増設するのは、どうだろうか」
「助産や保全の人員まで含めると、かなりの支出になりますねー」
「お金を取ったら誰も来ないだろうし、そうなるよな」
産屋ではなく病院でも同様だろう。
お金を取れば誰も来ないので、やるなら無収入での運用になる。
「ただ出生率は爆上がりするし、長い目で見れば回収して余りある収支に繋がるはずだ」
「ふむふむ。将来的な食糧問題はじっくり取り組めるので、何とかなると思いますけど……問題は回収までの期間ですね。削るなら軍事費ですが、そうすると戦争への備えに支障が出ますし……何を取って何を捨てるか、みたいな感じでしょうか」
……いや、本当にそうだろうか?
今の時点で、大国相手にも何とか防衛くらいは出来るだろう。それなら。
「この世界は、個で群に対応出来る世界だ。だからまずは、もっと強力な個人戦力を集める。金策も同時並行しつつ、全体の軍事費は削っていく」
単騎で戦局に影響を与える逸材は希少だが……原作知識を生かして強国から引き抜く事だって、きっと出来る。
「その上でリリスリアと組んで世界情勢に介入し、世界の争いを可能な限りコントロールする……そうすれば、戦争への備えは最低限で良いはずだ」
俺の言葉を聞き、アイルがぽかんとした表情になる。そして、くすくすと可笑しそうに笑う。
「戦争しない為に世界を裏から支配するって、相変わらずぶっ飛んでますねぇ。流石は御主人様です」
「でも、それが出来るだけの力はあるはずだ」
頼れる嫁たち、英傑揃いの家臣団、リリスリアとの縁、メンショウ帝国との繋がり。
これまでの東奔西走で、これだけの状況が出来上がった。
「それに……この指輪があれば、俺の力をもっと生かす事が出来る」
夜空に手を掲げながら、薬指に光る指輪を見上げる。
「ふふっ。領地経営の奔走が終わったと思えば、また新たな奔走が始まる訳ですね」
「ああ。……付いてきてくれるか? アイル」
問いかければ、アイルがピンク髪を揺らし、満開の桜のような笑顔で頷く。
「かしこまりです! バンバン世界を裏から操って、ドンドン美少女を集めていきしょう!」
ブレない物言いに苦笑する。同時に思い出すのは、かつてアイルと交わした会話。
『アイルが御主人様に仕える理由の四割は、御主人様のもとにいれば魅力的な女の子と沢山触れ合えるからですし』
『ところで、残りの六割を聞いても良いか?』
『ふふっ、それはもちろん――御主人様のことが大好きだから、です♡』
「……アイルは、今でも俺の事が六割好きなのか?」
「実は今は八割くらい大好きですね」
「八割……それが十割になったら、結婚したいって思えるのか?」
「うーん、それはないですね」
バッサリ斬り捨てて立ち上がるアイル。月を見上げたのち、こちらに振り返りながら口を開く。
「知ってますか? 秘書官って、妻よりもずっと長く側にいて支える存在なんですよ」
アイルが唄うように言葉を紡いでいく。
「これから先、御主人様が何人娶っても秘書官はアイルだけ。妻には話せないような内容を語れるのもアイルだけ」
今が最高に幸せだと、そう言わんばかりに告げる。
「だからアイルは秘書官が良いんです。御主人様の隣で、誰よりも近い場所で、同じ目線で未来を見つめる事が出来る――だから結婚なんて絶対にしません♡」
初めて打ち明けられたアイルの胸の内。
そこには海よりも深い愛情と、空よりも高い秘書官としての誇りが詰まっていた。
「ははっ……そっか。それじゃ、結婚は出来ないな」
アイルが結婚という形を望んでいない事は、薄々察していた。
だけど、それでも。
「俺は、ここまで支えてくれた……そしてこれからも支えてくれるアイルに、形あるモノを贈りたいんだ」
「えっ?」
懐からケースを取り出して、開ける。
中に入っているのは、桜色の指輪にチェーンを通したネックレス。
「秘書官として、これからも永遠に俺の事を支えてほしい」
「……、あはは。これは、予想外でしたねぇ」
アイルはまんまるに目を見開いた後、照れ顔になり、気恥ずかしそうにネックレスを受け取った。
そして、大切そうに胸元で抱きしめる。
「はい。たとえ互いの命脈が尽きようとも、その先も。久遠の彼方まで御主人様と共に在る事を誓います」
そんな俺たちを寿ぐかのように、綺麗な満月が夜空に浮かんでいた。
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これにて第一部完結となります!
明日からぬるっと第二部が始まりますので、今後とも応援よろしくお願いしますー!
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