第55話 結婚式

 そして迎えた結婚式当日。

 

 王城に併設された、王族や一部の貴族のみが使える大聖堂、その広場。


 天幕を始めとした豪奢ごうしゃな飾り付けで彩られ、音楽隊が左右にズラリと並び、多くの人々が詰めかけたその場所で。


 俺は今、人生最大の衝撃に打ちひしがれていた。


 視界の先に映るのは、ウルカ、メラニペ、ルリ――それぞれに異なる色彩のドレスを纏った三人の姿。


「あーあ、おにーさん、私たちの花嫁衣装にメロメロじゃないですか。そんな調子で今日一日、だいじょーぶですか?」


 ウルカのドレスは、高貴さが全面に押し出された青。

 小生意気な笑みを浮かべるあどけない彼女に、落ち着きと淑女然とした雰囲気を与えている。


「コレハ、凄イナ! ヒラヒラガ沢山ナノニ、軽イ! 動キヤスイ!」


 メラニペのドレスは、純真無垢を象徴するかのような白。

 キャッキャとはしゃぐ度に広がるスカートと舞う黒髪が、魅惑的なコントラストを描く。


「ふふっ、何よユミリシスってば、ポカーンとした顔しちゃって。あんたが発注したドレスじゃないの」


 そして、ルリのドレスは大胆かつ鮮やかな赤。

 極上の金糸を編み込んだかのようなロングヘアーと相まって、華やかに咲き誇る大輪を連想させた。


「あー、その、えっと……」


 褒めなければ、と思うのに言葉が出てこない。余りにも破壊力が高すぎて、永遠に眺めていたい気分だった。


「ユミリシスおにーさんは全く、しょうがないですねぇ。もしかして、女の子にエスコートされちゃいます?」

「ユミリシス、早ク結婚式ヲスルゾ! ソレガ終ワッタラ美味シイ物ガ沢山アルト聞イタ!」

「ま、褒め言葉がないのは減点だけど、その表情で分かるから百点満点を上げる」


 クスクスと笑って寄り添うウルカ、俺の後ろに回り込んで背中を押すメラニペ、手を差し出すルリ。


 流石に主導権を握られるのは格好悪いので、パンッと頬を叩いて気合を入れる。


「ああ、行こう。俺たちの想いを形にする日だ」


 広場は一般市民にも開放されているが、大聖堂の中は貴族や関係者のみだ。


 ほとんど面識のない貴族たちが居並ぶ中、ハッキリと視界に映るのは、これまで出会って来た人たち。


 結婚式に至るあらゆる準備を全力で進めてくれた最高の秘書官、アイル。


 俺に手を振りつつ、娘を見るような目でルリを見つめるリリスリア。


 次は絶対にわたくしです、と言わんばかりの表情をしたクラーラ。


 そんなクラーラに苦笑しつつ、こちらに祝福の眼差しを向けるレーゲン。


 人の多さに吐き気を催しているのか、早く帰りたそうな表情のフローダ。


 式場の護衛として周辺に氣を巡らせつつ、俺たちを見送るヤエ。


 司祭の資格を持ち、司式者を引き受けてくれたクリシェン辺境伯。


 着慣れないドレスのせいか、落ち着きなくそわそわしているネコミ。


 大仕事を終えた職人のような顔で満足げに笑っているニミュエ。


 さらには家臣団の面々や執事長さんなど、多くの人が見届ける中、式が進んで指輪の交換へ。


「では、指輪の交換に移りましょう。ニミュエ様、よろしくお願いいたします」


 辺境伯に言われ、こくんと頷いたニミュエが俺たちの前に。そして手に持っていたリングケースを開く。


 途端、聖堂内の実力者たちが一斉に息を呑んだ。


「……第一の時代、始祖が指輪に用いた黄金は愛なき者しか得られず、悲劇と破滅を招いた……でも、私の指輪は違う」


 それぞれに異なる力を宿した青と、白と、赤の指輪。


 それは、最高純度の魔石と神代の輝石を用いて製作された至高の装身具。


 「これは、貴女たちの愛に反応し、力を発現させる……どうか、変わる事なき永遠の愛を」


 俺はリングケースに入った指輪を手に取り、青をウルカの、白をメラニペの、赤をルリの、それぞれの薬指にはめていく。


「そして……これは花嫁から伴侶に贈られる指輪……」


 ニミュエが新たなリングケースを取り出し、開ける。


 途端、リリスリアがガタッと席を立ち、ヤエが狂相を浮かべ、ネコミが“ヤバすぎワロタ”みたいな顔をする。


「第二の時代に創り出された聖なる杯……その試作品を溶かして造り上げた指輪」


 それは、三つの円環が組み合わさって出来た指輪。


「貴方が愛を失った時、この指輪もまた力を失う……どうか、この指輪が永遠に力を持ち続けますように……」


 ニミュエが用意した素材に俺たちの血を落として造られた神具。


 その指輪を、神妙な面持ちをした三人が一緒に持ち上げて、俺の薬指へとはめる。


「それでは、永遠の愛を込めて誓いのキスを交わして頂きましょう」


 真摯な表情のウルカ、珍しくソワソワしているメラニペ、照れが全面に出ているルリ。


 それぞれの顔を見つめていると、自然と言葉が口から溢れてきた。


「愛してる。絶対に幸せにする」


 想いを込めながら、それぞれと誓いの口づけを交わして――その日、俺は改めて三人の人生を背負う覚悟を決めた。

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