第51話 原作終盤のボスを原作開始前に倒す奴がいるらしい

 ヤエとの訓練、持ち込んだ書類の片付け――それらをこなしている内に、瞬く間に一週間が過ぎた。


 そして迎えた完成日。俺たちはテーブルに置かれた刀を前に、息を呑んでいた。


 鞘の内側から感じる力の波動。聖剣、魔剣……そう言った類の武器へと進化したのだろう。


「これは……別物でございますね」

「ん、良いモノが出来た……自信作」


 “むふー”とでも言いたげ表情を浮かるニミュエ。しかし直後に眉根を寄せる。


「でも、このカタナとヤエでも邪竜には勝てない……アレは魔獣とは根本から異なる……」

「ヤエだけに戦わせないさ」

「ユミリシスが強いのは分かる……だけど、アナタには邪竜に効く武具がない……傷一つ付けられない」


 邪竜は物理攻撃と魔法攻撃を無効化するので、ニミュエの言葉は間違っていない。


 だが、それはニミュエ視点の話だ。


「勝算はある、任せてくれ。もし俺たちが負けたとしても、邪竜も相応に傷を負っているし……その状態なら再封印が出来るだろ?」

「どうして、それを……。……、分かった。邪竜と戦って、後悔すると良い……」


 散々忠告を無視されたからだろう、ニミュエがプイッと顔を背ける。


「ありがとう、ニミュエ。強引で悪いな」


……ほどなくして、ニミュエが開けた湿地帯で邪竜開放の儀式を行ない、“ソレ”が俺たちの前に顕現した。


「■■■■■■■――――――!!」


 全長20mを軽く超える巨大な龍。漆黒の肌には禍々しい線が走っている。


 冥府から響くような咆哮ほうこうと全てを睥睨へいげいする龍眼ドラゴンアイは、生半可な戦士ならそれだけで絶命するだろう。


「あぁ……ああぁ……なんて、暴力の塊……!! 申し訳ありません、主様! わたくしめ、抑えられません……!!」


 邪竜を見た途端、ヤエが狂喜乱舞して鯉口を切る。同時に閃く白刃、放たれる斬撃。


 直径10mにも達する飛ぶ斬撃が、邪竜の胸に深い傷を残した。だがそれだけでは終わらない。


「あはははははははははは!!」


 二度三度、四度五度、次から次へと同規模の斬撃が放たれ、邪竜をズタズタに切り裂いていく。


 それを見たニミュエが驚きに目を見開いた。


「凄い……ここまで武器の力を引き出すなんて……」


 最高の武器を得た事で、“最強”を超えて“無敵”に至った――そう思えるほどの圧倒的な力だった。


「これは、俺の出番はなさそうだな」


 邪竜の苦し紛れの漆黒の炎ドラゴンブレスすら切り払うヤエを見て、苦笑する。


「ん、低く見積もり過ぎていた……後で謝罪する」


 ニミュエもまた、まなじりを緩めて戦いを見つめて――。


 そして、ヤエが最後に放った最大規模の斬撃が邪竜の首を落とし、戦いは終わりを告げた。
















……終わった、はずだった。


「■■■■、■■■――――――!!」


 天をも震えさせる咆哮と共に邪竜の身体が再生していく。暗黒の光が粒子となって首と胴を繋ぎ、傷を癒やしていく。


「なぜ……どうして」


 愕然と目を見開くニミュエを尻目に、急いで邪竜の最新のステータスを確認する。


【邪竜の誇り:竜殺しの属性を持たぬ攻撃で死んだ場合、一度だけ復活する】


「竜殺し、か……」


 確かに原作では、この島に来る前に竜殺しの聖剣を手に入れている。


 恐らくは原作のストーリーに合わせて、隠しデータが設定されているのだろう。


「……っ、でもまだ完全に再生はしていない……今なら封印出来る」


 慌てて再封印しようとするニミュエ、その肩を掴んで止める。


「何を……」

「もう少しだけ待ってくれ」


 邪竜が復活したというのに、ヤエの顔には歓喜が浮かんでいた。


 息が上がり、動きも鈍く、限界を迎えている事は明らかだが――それでもヤエはわらって、わらって、わらっていた。

 

 その死闘は、俺では与えてやれないモノだから……もう少しだけ。


「それに、言っただろ。勝算はあるって」


 復活は予想外だったが、どうであれ問題はない。


「何を……――ッ!?」


 統率を、智略を、政治を、魔力を、全てを最低限の値にして武勇を高める。


「ありえない……こんな力……。これでは、まるで……」


 ニミュエが何か言っているが、上手く聞き取れない。全身が不思議な力の波に包まれる。


 視界に映るのは、敵と戦う俺の刃の姿。


 その刃が倒れそうになったから、側に行って抱きとめる。


「ぁ……主様……」


 まぶたが開かれる。光のない眼差しで、それでも俺の姿を確かめようとするかのように。


 そんな彼女の髪を撫でた後、そっと寝かせてから敵の姿を見上げる。


「■■■、■■■!? ■■■■■■■――――――!!」


 振り下ろされる長大な爪、それを左手で弾き――跳躍。


 全開で、全速で、全霊で、己の総てを右拳に込めて、


「ッッ!!」


 ありったけの全力を、巨城のような胴体に叩きつけた。

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