第50話 原作主人公のフラグも積極的に利用する

 怪鳥さんに飛んでもらいながら、俺とヤエは大陸南部の突端、そのさらに先にある孤島へとやってきた。


 降り立った密林は地面が泥濘ぬかるみ、周囲に霧が立ち込め、仄暗ほのぐらい。


 獣の息遣い一つ聞こえず、草木たちも何かを恐れて息を潜めているかのようだ。


「さて、と。どこかしらで二体の巨大な甲冑お化けが洞窟を守ってるはずだ。ヤエの氣で探してくれないか?」

「あらあら、はい、承知しました」


 原作では一定期間の調査が必要だった探索も、ヤエの氣ですぐに完了し、目当ての洞窟にたどり着いた。


「なるほど、甲冑お化けとは言いえて妙ですね。魔法使いが作る土塊つちくれの人型……ごーれむの、鎧ばーじょんと言った所でしょうか」


 全長5メートルほどの甲冑お化けを前にして、ヤエが興味深そうに口を開く。


「ああ。合言葉なく洞窟に入ろうとすれば襲いかかってくる仕組みだ。で、合言葉なんだが……」


 智略を高めて記憶の底に眠る文言を思い出す。


「――我らが尊ぶ王こそ我らが良心。邪教を挫き、神を奉じよ。旅立ち、人の苦しみを救え。二言は許されぬ。愛する者に巡り合うまで幾年もの義勇と功を積むべし。此れこそ騎士としての在り方なり!」


 言い終えると同時に、洞窟の奥から走ってくる靴音が耳に届く。


「……!」

「大丈夫だヤエ、敵じゃない」


 荒い息をついて洞窟の奥から出てきたのは、美しい湖にも似た髪色と、黄金にも似た金色の瞳を持つ少女だった。


 頭の両サイドに揺れるのはドーナッツ状の輪っかヘアー。紫を基調としたひらひら衣装と巨大な萌え袖が、幼気な印象に拍車をかけている。


 いや、見た目はロリだが彼女は長く生きた精霊。立派な成人女性である。


「何故……どうしてその言葉を……。アナタは、一体……」


 静謐せいひつをたたえた顔立ちに浮かぶ困惑は、意図的に無視する。


「それはいつか話すけど今じゃない。それより、入れてもらって良いか? 武具製作について話があるんだ」

「……、……ん、分かった。あの言葉を知る者なら否はない……」


 逡巡しゅんじゅんののち、こくんと頷いた彼女に案内され、洞窟の中を歩く。


 ほどなくして大きな扉に行き着けば、その扉が触れる間もなく開き、視界の先には――。


「あらあら、これは……」

「ああ、凄いな」


 壁も床も天井も、その全てがで出来た円卓の間が広がっていた。


「此処に人が来たのは初めて……。ニミュエの名においてアナタたちを歓迎する……ゆっくりしていってほしい」

「いや、ピカピカしすぎて正直落ち着かないんだが」

「――!?」


 ガガーン、という擬音が似合いそうな表情を浮かべるニミュエ。自慢の広間だったのだろう。


 そう。彼女は一見すると物静かな雰囲気だが、実とても感情豊かなのである。


「っていうのはさておき、そこの円卓の席に座っても良いのか?」

「問題ない……それは今はただのテーブル……。好きな席につくと良い……」


 俺とヤエが着席すると同時に、黄金の鎧がグラスに入った水を運んできた。


 しばらく「落ち着かない……落ち着かない……」と指摘を引きずっていたニミュエだったが、やがて気持ちを切り替えるように口を開く。


「……まず、アナタたちの名前を聞かせてほしい」

「俺の名前はユミリシス・フォン・ヴァッサーブラットだ」

「ヤエ・シラカワと申します」


 俺たちの名前を聞いたニミュエは、口の中で響きを転がすように「ユミリシス……ヤエ……」と繰り返したあと、小さく頷いた。


「分かった……それで、武具製作の話。どんな武具を希望……?」

「まずはヤエの新しい刀を打ってほしいんだ」


 俺の言葉に続くように、ヤエが鞘入りの刀をテーブルに置く。


「カタナ……分かった、見てみる」


 ニミュエが手をかざすと、刀がふわりと浮き上がり、彼女の手に収まった。そして、鞘から刀身を抜き放って眺める事しばし。


「ヤエの力に耐えうるカタナの製作……それで良い?」

「あらあら、そこまで分かるものなのですね」

「かつて、同質の力を使う者がいた……。発現したカタチは、ヤエとは違うけど」

「――その方は、今どちらに?」


 ヤエの口角が釣り上がる。戦闘狂のスイッチが入りかけているのだろう。


 常人ならそれだけで気絶する戦意を受けながら、ニミュエは平然とした表情を崩さない。


「ん、死んだ」

「そう、でございますか……」


 端的な返答を聞き、しおしおと萎んでいくヤエの戦意。


 珍しくしょんぼりとした様子のヤエを見て、可愛いな、と思う。そして励ましたくなったので、ポンポンと頭を撫でる。


「あ、主様……」


 白い肌を薄紅に染めるヤエを見て、大丈夫そうだと思いニミュエに視線を向け直す。


「どのくらい掛かりそうだ?」

「一から作るなら一ヶ月……このカタナを再利用するなら一週間……。性能に差はない」

「では一週間でお願いいたします。主様も早い方がよいと思いますから」

「だな。ヤエの刀が終わったら他にも色々と打ってもらいたいし」


 ニミュエがピクリと眉を動かす。


「あの言葉を携えて、此処に来た……だから古き盟約に従い、一つは武具を打つ……。だけど、それ以外に打つつもりはない……」


 一度言葉を切った後、ニミュエは喉を潤すように水を飲む。


 水分補給のペースが早いのは、彼女が水の精霊に連なるからだろう。


「私の作る武具は、強い……世界の均衡を保つ為にも、作る事を拒否する……」

「だったら取引しよう」

「取引……?」


 さて、原作主人公には悪いがフラグを利用させてもらうとしようか。


「この地に眠る邪竜を俺たちが討伐する。それを対価とし、ヴァッサーブラット家専属の鍛冶師になってほしい」


 ニミュエの瞳が、大きく見開かれた。

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