第49話 伯爵から取り上げた全てを余すことなく生かす

 伯爵に仕えていた者たちは、能力値こそ低いものの、適正に合った場所に配置すれば必要な結果を出せる者が多かった。


 ほとんどの人材は配置転換しつつ伯爵領で働いてもらい、あぶれた者には十分な退職金を払い、家に返した。これで名声も上がるだろう。


――そんな中で、一人だけ目を引く能力値の少女がいた。緑髪りょくはつの目隠れ女子だ。


「キミは……確か伯爵の姪だったか」


 血縁を捕らえた男を前にしているからか、緑髪娘が緊張した面持ちでこくこくと頷く。


「ふむ……」


 智略がそこそこ高く、諜報分野の適正を持っている。職業に無職と記載されているので間諜という事もない。


「伯爵の元ではどのように過ごしていたんだ?」


 尋ねてみれば、その賢さをうとまれて冷遇されてきたとの事。


 そこで俺は、テストと称して幾つかの質問に答えさせたあと、こう告げる事にした。


「キミには諜報部隊の一翼を担う資質がある。望むなら俺の家臣団として働いてほしい。どうだ?」


 初めは戸惑っていたものの、言葉に嘘がないと理解したのだろう。無事に彼女を登用する事が出来た。


 緑髪娘を連れて伯爵領からヴァッサーブラット領へ戻り、その足でウルカの元へ。


「あれ? ユミリシスおにーさん、どうしたんです?」


 【教導】による人材の育成を担当していたウルカが、小首を傾げて尋ねてくる。


「ああ。この子に諜報系の技術を教導してほしいんだ」

「へぇー、育ちが良さそうなおねーさんじゃないですか。こんなおねーさんに諜報系の技術なんて……一体どんなアブナイ事をさせるんですかぁ?」


 ウルカが艶めかしい仕草で自らの唇をなぞり、妖しげな笑みを浮かべる。


 緑髪娘は性的な行為を連想したのだろう、顔を赤くして硬直してしまった。


「誤解される仕草はやめような。この子には防諜を主軸にした部隊の一翼を担ってもらうから、その為に仕込んでおきたいんだ」

「ああー、私をリーダーにした諜報部隊の構想ですっけ。なるほど、へぇー、このおねーさんが……」


 上から下まで緑髪娘を眺めた後、ニヤニヤとした笑みを浮かべるウルカ。


「良いですよ。プライドが高そうで、とっても教え甲斐がありそうですし……ふふっ」


 悪戯猫のように笑うウルカを見て、引きつった顔になる緑髪娘。口で言うほど酷い扱いはされないので頑張ってほしい。


「あ、そうでした。ヤエお姉様がおにーさんを探してましたよ。今は自分の部屋にいると思います」

「ヤエが? 分かった、ありがとな」


 緑髪娘をウルカに預けた後、その足で今度はヤエの部屋へと向かう。


「ヤエ、入っても良いか?」

「もちろんです、入ってくださいませ」


 返事を聞いてから入ると、ヤエが打ち粉を使ってポンポンと刀の手入れをしている所だった。


「っと、手入れの最中だったか。出直そうか?」

「あらあら、お気遣いありがとうございます。ですが大丈夫です。これで終わりますから」


 打ち粉を拭き取られた刀身が、窓から差し込む陽光を浴びて輝きを放つ。溜息が出るほどの美しさだった。


「やっぱり綺麗だよな、刀」

「あらあら。やはり主様は、フソウの品に特別な思い入れがあるのでしょうか?」

「よく分かったな」

「光を失った事で得たものは、意外と多いのですよ?」


 まぶたを閉ざしたまま微笑むヤエは、そのままとんでもない事を口にする。


「例えば、主様の目線がわたくしめの首筋や胸によく向いているのも、とてもハッキリと感じ取る事が出来ます」

「……そ、そんなに分かるものなのか?」

「はい、それはもう」


 ニコニコと笑うヤエの言葉を聞き、冷や汗が流れる。


「いや、これは不貞とかではなく……」

「あらあら、そのように焦る必要はございません。大丈夫です、承知しておりますから」


 可笑しそうに笑いながらヤエが言葉を続ける。


「主様は他の殿方と違い、自らを厳しく律しておられます。スッと己が情欲が消すアレは、明鏡止水の境地というものでしょうか?」


 智略上げによる賢者タイムだ、とは言えなかった。


「そ、それより俺に用があるって話だったけど、どうしたんだ? 訓練か、それとも鍛冶師の件についてか」

「ああ、覚えていて下さったのですね。はい、後者でございます」


 刀を鞘へと仕舞ったのち、そっと柄を撫でるヤエ。


「主様にあの時見せた、飛ぶ斬撃……アレは氣を刀に乗せて飛ばしているのですが、刀身への負担が大きく、連続して放つ事が出来ないのです」


 確かに原作ゲームでも一戦闘につき一回しか発動出来なかったな、と思う。


「対象を一人に絞れば何度でも飛ばせるのですが……」

「何度でも飛ばせちゃうのか……」

「はい。ただ、合戦において多数の兵も同時にとなりますと、多量の氣を纏わせる必要があり、刀が折れぬよう気をつけねばなりません」


 それが煩わしくて、と、ヤエが溜息を吐く。


「主様の知る鍛冶師様は、とても優れた技量をお持ちとの事なので……もしかしたら、わたくしめの氣に耐えうる刀を打てるのではないかと」

「ふむ……」


 可能だとは思うが、断言は出来なかった。


「でも、そうだな……気になるなら、明日にでも向かうか?」

「主様のお時間を頂いてしまってよろしいのですか?」

「ああ。どちらにせよ、そろそろ行こうとは思っていたからな」


 原作最強の聖剣を打った鍛冶師に、武官用の武具を打ってもらう――。


 それもまた、今の内にやっておきたい事項なのだから。

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