第45話 温情措置?いいえ、そっくりそのまま貰うためです

 伯爵の処分は、本来なら一族郎党処刑によるお家取り潰しが妥当なのだろう。


 だが、伯爵はともかく家臣団まで死なれると人材の穴埋めが大変なので、失爵と所領没収に留めてもらった。


 そして現在、俺は幼き女王閣下、クラーラの部屋で紅茶を飲んでいた。


「流石はユミリシスですわ。まさかこうもあっさり解決してしまうだなんて」

「一蓮托生だからな。この国が抱える問題はヴァッサーブラットが可能な限り解決する」


 メンショウ帝国の進軍とその後の壊滅は、間違いなく世界情勢に影響を与える。

 それは、各国に隙が出来るという事だ。


 その時までに国内情勢を盤石にしたいので、時間との戦いである。


「あぁ……ユミリシス……。貴方はどこまでわたくしの想いに火を焚べるのでしょうか……」


 熱に浮かされたような表情になるクラーラ。その瞳には、国への熱情と俺への恋情がグツグツに煮込まれていた。


 向けられる眼差しを丁寧に包んで心の脇に置きつつ、話題を切り替える為に口を開く。


「それで、件の伯爵領はどうなるんだ?」

「んぅ……」


 “いけずな人です”と言わんばかりの眼差しの後、クラーラもまた気持ちを切り替えるようにティーカップを置いた。


「もちろんヴァッサーブラット家に組み込まれます。ふふっ、またヴァッサーブラット家が大きくなりますね」

「って事は、銀山も手に入る訳か」

「はい。まさか銀山を隠し持っているとは思いませんでしたが、ユミリシスならあの方よりもっと上手く採掘するでしょうし、あぁ……」


 富国強兵の促進が嬉しいのだろう。クラーラは天にも昇るような笑みを浮かべていた。


「とは言え良い事ばかりでもないな。ディアモント王国とネーベル王国の間には二つの国があるが、ウチに手が届いているなら他の国でも工作が進んでいるだろう」


 今のヴァッサーブラットの戦力なら、ネーベル王国自体は取るに足らない。


 ただ、情報が漏れるのは面倒なので何とかしなければいけない。


「ネーベル王国に抗議文などを送るべきでしょうか?」

「いや、何もしなくて良い。その方が次の行動方針に悩むはずだ。その間に国内の間諜を一気に処理する」


 ディアモント王国、春の摘発祭りである。


「そんなにもすぐに処理出来るのですね……やはりユミリシスは素晴らしいです。あぁ……わたくし疼きがもう、」

「よし、という事で俺はそろそろ領主館に戻る。しっかり勉強に励むんだぞ」


 ポンポンとクラーラの頭を撫でると、返ってくるのはぷくっとした膨れ顔。


……許せクラーラ。まだ応える訳にはいかないんだ。


 そんなやり取りの後、領主館に戻ってきた俺はアイルに出立の準備を依頼する。


「かしこまりです! ところで今度はどんな方を?」

「前に言ってた諜報用の逸材だ。そろそろ良い時期だからな」

「内政力と軍事力に比べて、情報力はかなり低かったですからねぇ」

「爆上がりするから、期待しててくれ」


 これから登用しに行く人物がいれば間諜の処理も容易たやすい。それに、国外の情報にも手を伸ばしやすくなるだろう。


「はあぁ……夢のようですねぇ。ウルカ様が加わってますます美少女の花園になったこの領主館に、また新しい女の子が増えるだなんて……」


 女の子がしてはいけない顔でうっとりするアイル。そんな彼女のほっぺたをツンとつつく。


「ひゃっ!? あ、御主人様、失礼しました。それで今回はどちらに向かわれるんです?」

「フソウからさらに離れた霊山、そこにある忍びの里に行ってくる」

「え、御主人様、忍びの里の場所を知ってるんですか!?」


 この世界における忍び、いわゆる忍者は戦士であり職人集団でもある。


 基本的に霊山に引きこもりフソウから出ないため、噂だけが独り歩きしている伝説的な存在だ。


「忍びと言えば専守防衛を尊び、フソウ皇国と強固な同盟関係を結ぶ人たちですが……引き抜けるものなんですねぇ」

「その忍びが例外的な存在、っていうのもあるけど……ま、期待しててくれ」


 そう、俺には絶対に仲良く出来る自信があった。


 何故ならその忍びは前世の俺と同じく、オタク語りがしたいのに話せる相手がいなかった“ぼっち”なのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る