第44話 うげぇー!! ヴァッサーブラット卿!?

 それからの数日間、ウルカのマンツーマンの指導により、フローダは“伯爵との一、二時間の会談を乗り切る”為の振る舞いを身につける事に成功した。


 ちなみに、余りにもフローダの棒読み演技が直らず、最初は煽っていたウルカが途中から絶望的な表情を浮かべていたのはここだけの話だ。


――そして現在、ビスチェで着飾ったフローダが従者に変装した俺を伴い、件の伯爵と会話を交わしていた。


「なるほど。ヴァッサーブラット卿に全てを奪われて辛いと。確かに、あの方のやり方は強引が過ぎますなぁ」

「はい……この仕打ちは余りにも……。有力な方たちの元を訪ねてみても、聞かされるのはヴァッサーブラット卿への称賛の声ばかり……。同じ侯爵で、同い年なのに。辛くて、苦しくて、悔しくて……」


 悲痛な嘆きの声。悔しさをにじませた悲憤ひふんの語り。


 従者然として控えながらも、真に迫ったフローダの演技に舌を巻いていた。


 思い返すのはウルカの言葉だ。


『大事なのは、感情を乗せる事でしてー。フローダおねーさんって、昔はユミリシスおにーさんに負の感情を抱いてたんですよね? だったらそれを思い出して言葉に乗せれば、多少ヘタクソでも勢いで誤魔化せちゃいます』


「それはそれは、さぞ辛かったでしょうなぁ」

「はい。ですから、あぁ……伯爵閣下の口からヴァッサーブラット卿への非難を聞く事が出来て、嬉しゅうございます……」

「しかし、そのように卑屈になる必要はございませんよ。シュヴァイン卿は侯爵、ワタシは伯爵なのですから」


 伯爵は優越の色を顔に浮かべながら、フローダの身体を舐め回すように見つめている。


「わたくしなど、名ばかりの侯爵でございます……。立派に領地を経営されて、周りに流されない伯爵閣下とは比較にもなりません……。もっと早く伯爵閣下の素晴らしさに気づき、相談していれば……」

「それは遅くないかもしれませんぞぉ」


 伯爵がフローダの肩に触れて、ビスチェに包まれた身体がビクッと震える。


 うつむいているので表情は分からないが、必死で吐き気を堪えている事が伝わる。頑張れ、フローダ。


「遅くない、とは?」

「ここから先は、貴族同士、腹を割って話し合いたいですなぁ」


 伯爵がこちらに視線を向ける。

 それは、従者を人間ではなく道具として見る者の眼差しだった。


 フローダを安心させるように頷いた後、「それでは、失礼いたします。扉の前で待機させて頂きます」と告げて、背を向ける。


 実際、武勇を高めていれば扉越しでも問題なく聞こえる。頑張れ、フローダ。


「シュヴァイン卿。ワタシが貴女を導きましょう。この国をヴァッサーブラット卿の独裁から開放し、自由な国にするのです」


 俺が部屋から出ると同時に、伯爵が食い気味にフローダに言い募る。


「自由な国に……? し、しかし……一体、どのようにして……」

「これは他言無用の話ですが、ワタシはネーベル王国に縁がありましてな。かの国の戦術級武官を借り受ける事が出来るのですよ」

「……っ!?」


 フローダが動揺して話せない間に、伯爵がどんどん言葉を重ねていく。


「そしてワタシの領地にある銀山……これを用いて傭兵部隊を雇います。魔法使いは極めて燃費が悪い兵器ですからな。傭兵部隊に撃たせて魔力切れを起こさせたあと、本命の戦術級武官を備えた部隊をぶつければ……ふひひっ、ヴァッサーブラット卿など恐るるに足らず」


 余りにも古すぎる情報に苦笑いしか出てこない。


 諜報部隊がいない為、間に合わせで敷いてある防諜……それを抜く程度の情報力すら持ち合わせていないようだ。


「す、凄い、です……」

「そうでしょうそうでしょう。そしてこの策は、シュヴァイン卿。貴女がワタシの妻になってくだされば、より盤石なものになるのです」

「わ、わたし、わたくしが……伯爵……閣下の妻に……?」

「もちろん時期は測りますが、そうすればヴァッサーブラット卿が発展させたシュヴァイン領がそのままワタシと貴女のものになる」


 空気の音から、伯爵がフローダの手をギュッと掴んだ事を察する。


「そこに他の反ヴァッサーブラット派の軍団も加えれば、この国をあの男の手から取り戻す事が出来るでしょう!」


 伯爵の興奮が高まり、言葉の勢いもヒートアップしていく。


 御しやすい未婚の侯爵が、自分に好意を寄せている幸運――その幻想が、伯爵のプランと妄想を加速させているのだろう。


「そ、それでは、えっと、その、あああの……」


 フローダの声から限界である事を察し、変装を解くと同時に勢いよく扉を開ける。


「――話は聞かせてもらったぞ、伯爵殿」

「なっ、ななな、ヴァッサーブラット卿!? ば、馬鹿な、何故ここに!!」

「うわああああん!! ユミリシスくぅん!!」


 瞳に涙を溜めたフローダが駆け寄ってきて、ひしと抱きついてきた。


……頑張ったな、よくやってくれたよ。


 えぐえぐと泣く彼女の頭をポンポンと撫でつつ、伯爵と対峙する。


「摂政閣下から依頼を受けて調査していたが、まさか卿がそのような事を考えていたとはな。他国との内通もまことであったか」

「ぬぐぐ……一体なぜ、いや、むしろ好都合よ! ここで貴様を殺せばヴァッサーブラット領はワタシのものだ! であえであえ!!」


 伯爵の言葉と共に奥の扉が開き、武官らしき女性たちが現れる。


「なるほど、な」


 彼女たちのステータスを覗いてみれば、武官なのに揃って武勇が低い。


 意図的に力のない女性たちを集めて支配し、優越に浸る……伯爵にとって家臣団は、自らの慰みモノでしかないのだろう。


「再就職の面倒は見るから、今は眠っていてくれ」


 言い終えた後、即座に武官たちを制圧して伯爵を拘束。


 すぐにレーゲンに連絡を入れて、後の処理を任せるのだった。

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