第五章
第43話 これは君にしか出来ない任務だ、分かるね
レーゲンから届いた報告書と領主に関する資料を前にして、アイルと二人、考え込む。
「ほぼクロだが、確固たる証拠がないから対応が難しい……か」
「ずる賢いと言いますか、随分と慎重な伯爵さんみたいですねー。直接本人の口から割らせる事が出来れば、それが一番なんですけど」
対面すれば能力値のゴリ押しでどうにでも出来る気はするが、
「そもそも警戒されて、会う事すら出来ないだろうな」
「商人との取引も特定の人としかやってないみたいですしねー」
さて、どうしたものだろうか。
「ヴァッサーブラット家に不満を持っていそうな貴族じゃなきゃ、会えたとしても内通の話題は出さないよな」
「資料を読むかぎり自分が主導権を握りたいタイプですから、有能な人より操りやすい無能の方が好みそうですが」
「そんな都合の良い存在がいるわけ――あ」
「ああー、なるほどです」
互いに顔を見合わせて、ポンと手を叩く。
「確かに、傀儡にされているから不満を溜め込んでいてもおかしくないな」
「地位のある無能だから操るのにピッタリですし、対面すればなおさら油断してペラペラ喋ってくれそうですね」
――という事で、俺たちは怪鳥さんに乗せてもらい、その日の内に“彼女”の元を訪れた。
執事長さんから変装術を習った時に何日も滞在したので、勝手知ったる何とやらだ。
バンッ! と思いきり私室の扉を開ければ、そこにはラフな格好でごろ寝して本を読むボサボサ髪。
「へっ? あ、あれ、ユミリシスくん? どうしたの突然」
だらしのない、もとい、豊満な身体のラインを晒しながら羞恥心一つ感じていない引きこもり。
「フローダ! この任務を託せるのはお前しかいない!」
「えっ……え!?」
フローダ・フォン・シュヴァイン……間の抜けた表情の女侯爵が、そこにいた。
混乱するフローダを落ち着かせて事情を話すと、返ってきたのは青ざめた顔だった。
「む、ムリムリ! 絶対にムリ!! わたしにそんな大役、ムリに決まってるよ! こんな無能に何が出来るっていうの!?」
「無能だからこそ良いんだ!」
「そもそもその伯爵、ほぼ初対面だし、話せないよぅ……それに、執事長とユミリシスくん以外の人に会うの怖いし……」
俯くフローダの両頬に手を当てて、こちらを向かせる。目と目を合わせる。
「俺が従者に変装して側にいる。俺が何でも出来るのは知ってるだろ? フローダが何も上手く出来なくても、俺が全部何とかする」
「ほ、本当に? ユミリシスくんが助けてくれる?」
「もちろんだ」
力強く頷きを返せば、安堵の表情になりかけて――しかし、すぐに顔を曇らせる。
「だ、だけど……失敗するの怖いよぅ……」
「あのな、フローダ。よく考えてみろ」
「……?」
涙目でキョトンとする彼女に向けて、まっすぐに告げる。
「今のフローダには、失うモノなんで何もないだろ? だから失敗したって何のダメージもないんだ」
「あ……」
目を見開くフローダ。我ながら酷い言葉だと思うが、彼女にはきっとこれくらいが丁度良い。
「今更恥ずかしがる事なんて何もない、そうだろ?」
「あはは……ユミリシスくん、酷い事言ってる」
小さく笑いながら涙を拭うフローダ。そんな彼女の髪を優しく撫でる。
「安心しろ。フローダはもう俺の家臣団みたいなものだからな。どこまで落ちても見捨てないし、求めるならいつだって助ける」
「うん……ありがとう、ユミリシスくん」
フローダが心の底からの安堵を浮かべ、身を預けてくる。
そんな彼女の頭を撫で続けながら言葉を続ける。
「ただ、それでも必要最低限の事は身につけてもらう。そのほうが少しは気持ちも楽になるだろうし」
「必要最低限の、事……?」
小首を傾げるフローダをベッドの上に座らせてから、後方に向かって「入ってきてくれ!」と声を掛ける。
「全く……放置されすぎちゃって、寂しくて泣いちゃうトコロでしたよ」
開け放たれた扉から歩いてきたのは、ガーリーな装いの少女。
ミニスカートをヒラヒラさせて愉しげな笑みを浮かべる小悪魔系女子。
「へぇー、この人がフローダおねーさんですか。なるほどぉ」
【天才】スキルにより多彩な物事を効率的に、最短の手順で実行出来るウルカ。
そんな彼女の力を借りて、最短日数でフローダに必要最低限の振る舞いを【教導】してもらう。
それが今回の作戦における準備段階だった。
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