第42話 天上を貫く最も美しき明星

「よし、これで完成。ま、これだけ書き込めば手持ちの魔力で十分でしょ」


 日が沈み、星空が広がる頃になってルリの作業は完了した。


 小高い丘の地面に描かれているのは、半径五メートルはありそうな大規模な魔法陣だ。


「こーんなに待たせたんですから、きっと凄いものを見せてくれるんですよね? ルリおねーさん」

「ええ、魂が消えちゃうくらい凄いものを見せてあげるから、よく見てなさい」


 口元を斜めにしたルリが魔法陣の中心に立ち、空に向かって杖を掲げる。


 直後、ルリの身体から竜巻のような魔力光が吹き荒れた。


 その規模は過去最大級。ゾワッとした感覚が全身を包み込む。


「……っ」


 見慣れた俺ですら驚きを隠せないのだ、ウルカが唖然あぜんとするのも無理はない。


 赤い輝きの中心に立ち、恐ろしいほどの魔力を纏い、大胆不敵な笑みを浮かべて夜空を見上げる魔法使い。


 天上を貫く最も美しき明星……そんな原作の表現を、思い出した。


「――見つけた。あの塊でいっか。引き寄せて、引き寄せて……よし、位置バッチリ! でもって照準合わせよし、魔力充填完了! さぁ、行くわよ!」


 杖の先端に力が収束していく。莫大なその力は、暴発すれば周囲一帯を焦土に変えてしまうだろう。


 大気の揺れは、まるで世界が悲鳴を上げているかのようだ。


「え、いや、あの、お、おにーさん!? これ、マズくないですか!?」

「大丈夫だ、ルリが暴発させる事はないから。多分な」

「……!?」


 俺の言葉に顔を真っ青にするウルカ。心を折る為のタイマン勝負だが、このくらいのアシストはしても良いだろう。


「ン……眩シイナ。モウ、朝カ……?」

「お、ちょうど起きたか。凄いものが見られそうだぞ、メラニペ」


 寝ぼけまなこのメラニペを立ち上がらせてやると、荒れ狂う赤い光を見て目を輝かせる。


「ルリノ魔法カ! 凄イナ! 山ノ形ヲ変エル所ガ見レルノカ!?」

「えっ、山!? な、何ですかそれ」

「山のカッティングよりもっと凄いものを見せてあげるんだから! 目ん玉かっぽじってよく見ておきなさい!」

「!?」


 そしてウルカが、俺たちが見ている前で、ルリの杖から極大の光――天を穿うがつ極彩色の柱が解き放たれた。


 雲を吹き飛ばし、遥か彼方へと突き抜けて行った極光螺旋。


 光が収まり、周囲を静寂が包んで……これで終わりか、と思った直後。


 視界の先に、信じられない光景が広がった。


「流星群だ……」


 無数の煌めきが、夜空を彩っていた。幾筋もの流れ星が次から次へと姿を見せては消えていく。


 俺も、メラニペも、もちろんウルカも、ただただ美しい光景に見惚れていた。


「ふふん。ま、星が降る原理さえ知っていればこういう事も出来るってワケ」


 自慢げな表情を浮かべたルリがこちらに振り向く。


 そして、とびきり魅力的なウインクを飛ばしながら言い放つ。


「――凄いモノ、見れたでしょ?」


 自ら引き起こした星降る夜を背にして、堂々と立つルリの姿。


 それを見たウルカは、コクコクと頷く事しか出来ていなかった。


 そんなウルカの様子を見て満足そうな顔をしたルリは、身体をほぐすようにぐっと伸びをする。


「んーっ! でも流石に魔力が空っぽ。お腹も空いたし、早く帰ってご飯が食べたいわね」

「ああ、そうだな。俺たちの帰還祝いも兼ねて、料理長が気合の入った料理を作ってくれてるはずだ」

「ええ。食事が終わったら、脚を舐めようとした件についてきっちり話してもらうから」


 サラッと言われた言葉でピシッと固まる。


 ルリの物覚えの良さとウルカの軽口が、今は少しだけ恨めしかった。


――これ以降、ウルカはルリの事もお姉様と呼ぶようになり、ルリの新たな妹分として可愛がられる事になる。


 ちなみに、なぜ俺を“おにーさん”と呼び続けるのか聞いた所。


「えー、だって、おにーさんって呼ばれた方が嬉しいですよね? ユミリシスおにーさん♡」


 という言葉が返ってきて、計算されたあざとさに苦笑してしまったのはここだけの話だ。


 そして、相互交流も兼ねて四人でゆっくり過ごす期間を取った後、俺はまた一つ新たな問題に直面することになる。


 以前報告を受けていた国内貴族の“内通疑惑”に関して、レーゲンから追加の情報が届いたのである。

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