第41話 一度ついた煽り癖は直らなかったらしい
俺が戻ってきたタイミングを見計らい、ウルカが近づいて来た。
手を後ろに組み、胸元を見せつけるような姿勢と上目遣いで話しかけてくる。
「見せつけてくれますねー。ルリおねーさんの事、心の底から愛してるんですね」
「ああ、もちろんだ」
「そんなおにーさんの一番の座を奪われたら、ルリおねーさん、どんな顔をするんですかね。ゾクゾクします」
ニヤニヤしているウルカに向けて、諭すように言葉を掛ける。
「確かに俺はルリが大好きだけど、ウルカの事も同じくらい好きになりたいし、積極的に二人だけの時間を作るぞ」
「でも、序列はつけるんですよね?」
「それはあくまで形式的なもので、扱いで差をつけるつもりはない」
「形式って、おにーさんが思っている以上に重要ですよ? カタチが人を作る事だってあるんですから」
言葉尻に含まれた少量の
「それは、さっき言ってた“孤独”に関わってるのか? ウルカもずっとそれを抱いてた、って」
「はぁ……そうやって心配そうな顔をすると思ったから、おにーさんには隠したかったんですけどね」
ウルカは髪の先端を弄りながら、暗くなりつつある空を見上げて言葉を続ける。
「私が当たり前に出来る事を周りが出来ないって気づいたのは、物心ついた頃です。最初は愉しかったですよ。周りの馬鹿な人たちを見下して悦に浸るのは気持ち良かったです」
後天的に修得する事も、レベルを上げる事も出来ない【天才】スキル。物心ついた頃から何でも一流の技量でこなせたはずだ。
「でも、私より凄いと思っていたお父様すら、気づけば遠く後ろの方にいて……私は独りでした。誰も私に追いつけない。私の隣には、誰も立てない」
広い世界を見る事が出来れば違ったのかもしれない。
だが、辺境伯の娘という地位が、カタチが、彼女を狭い世界に閉ざしていたのだろう。
「なーんて思っていたら、メラニペお姉様とユミリシスおにーさんがやって来て、私の常識を壊していきました。だからメラニペお姉様は敬愛してますし、おにーさんは……」
そこで言葉を切ると、俺の顔を覗き込むようにしながら再び口を開く。
「おにーさんは、今も世界に一人ぼっちですよね? 誰もおにーさんに追いつけない。私ならその苦しみが分かります。私ならおにーさんの心に寄り添えるんですよ」
心地良い声だった。聞いているだけで心が安らぐような、脳髄を蕩けさせるような声。
砂糖菓子のように甘やかな声で、ウルカが俺を堕とすために囁く。
「だからぁ、私をいーっぱい愛して下さい。そうしたら、おにーさんをいーっぱい幸せにしてあげますよ」
きっとこれは【天才】で【美声】のスキルを再現しているんだろうな、なんて事を考えながら――。
ていっ、とウルカの頭に軽くチョップを入れてやった。
「いったぁ! 何するんですかー!」
頭を押さえてぐぬぬ顔になるウルカ。そんな彼女に向けて溜息を吐く。
「ルリの見ている所でわざとらしく誘惑するのはやめてくれ。そういう煽り方はしてほしくない」
ルリも、こっちは大丈夫だからチラチラ見ずに作業に集中してほしい。
「へぇー。つまり、二人きりなら良いんですか」
「ああ。でもそれはウルカだけって訳じゃないぞ。ルリやメラニペとも、出来る限り二人きりの時間を作るようにする。その間は目の前にいる相手だけを見る……っていうのが、俺なりの考えだ」
やるべき事もやれる事も多すぎる中で、出来るかぎはら向き合いたい。そう考えた末の結論だった。
「つまり、二人だけの時にいーっぱい誘惑して、いつでも私の事が頭から離れないようにすれば良いと」
「挑戦するのは自由だからな。刀折れ矢尽きして落ち込んだ所を慰めてやろう」
「えー、でもさっき囁かれてる時、途中まですっごく気持ち良さそうな顔してましたよ?」
「そんな事はない」
智略を高めていたのだから、揺らぐはずがない。……揺らいでないよな?
「ちぇっ、ダメですか。あーあ、おにーさん全然隙を見せてくれないから、自信失くしちゃいます」
「そのくらいの方が燃えるだろ?」
ウルカは呆気に取られたような顔をした後、ニンマリとした笑みを浮かべる。
「分かってるじゃないですか。はい、必ずおにーさんを私の虜にしてみせますから」
あどけない顔立ちに浮かぶ小悪魔フェイス。それは、心から楽しんでいる事が伝わってくる微笑みだった。
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