第46話 オタクで巨乳で瓶底眼鏡で猫耳カチューシャのくノ一

 例によって怪鳥さんの背中に乗せてもらいながら、フソウを超えたさらに先にある険しい霊山、そのふもとへとやってきた。


 鬱蒼うっそうとした木々が生い茂る獣道へと分け入ったあと、武勇を高めて枝の上に乗り、そのまま枝から枝へと飛び移っていく。


 そして、山頂に向けて駆け上っていると――突如として、上空から蝙蝠ほどの大きさの小さな“鬼”が雨あられと降り注いで来た。


「おっと、早速か」


 脱いだ外套を思い切り振り回し、突風を発生させて子鬼たちを吹き飛ばしながら前進。


 直後に左右から極太の縄が殺到さっとうしてきたので、身をよじってかわしつつ縄を掴み、思い切りぶん投げてさらに前進。


 風上から流れてきた麻痺毒の香りを吸わぬよう呼吸を止めつつ、


 左右から迫りくる刀を持った忍びたちを両の足で蹴り飛ばし、


 動きを縛ろうとする緊縛の術を力任せに突破する。


 そして、追撃が来ない事を確認してから足を止めて声を張り上げる。


「こちらに敵対の意志はない! 我が名はユミリシス! ネコミ・キツレガワに会う為にやって来た! 忍びたちの集う里はここか!」


 山中に響き渡る大音声を発すれば、返ってくるのは沈黙。


 ただ、油断なく伺う視線をあちこちから感じるので、何かしら相談をしているのだろう。


 そして。


「はえぇ、異人さんが一体全体、ウチに何の用でござろう。あ、外の国でやった食い逃げの件なら、支払いはおばばにお願いするでござる」


 どこか気の抜けるような声とともに、茂みの奥から一人の女の子がトコトコとやってきた。


 まず目についたのは、脱色したと思しき明るいミディアムヘアーと、頭に付けた猫耳カチューシャ。そして瓶底メガネ。


 次いで視界に入ってくるのは、“どたぷん”という擬音が付きそうな巨乳。


 そんな少女が肩出しの黒い忍装束を着て、赤いマフラーを巻いているのだから、個性のかたまりと言う他ない。


「ああ、どうしてもネコミと話したい事があってな」

「おおっ、いきなり呼び捨てとはやるでござるな。これが異人くおりてぃ」


 忍ぶ者という単語に真っ向から喧嘩を売る彼女こそネコミ・キツレガワ。


 忍びの里始まって以来の鬼才であり、忍法を欲望の為に使いたい年頃の女の子である。


 そして、もう一つ。


「――そもさん!!」


 やってきたネコミに向けて声を張り上げると、彼女はハッとした表情になって「せ、せっぱ!」と応える。


「恋愛する女の子同士の間に割って入る男の処遇!」

「処刑! 断固処刑でござる!」


 返ってきた言葉にグッとサムズアップ。


 するとネコミは目をキラキラと輝かせて、頬を紅潮させながら「そ、そもさん!」と口にする。


「せっぱ!」

「と、年上のお姉さんに筆下ろしされる男の子の逆転展開!」

「ありえない! その行為は許されざるよ!」


 返答を聞いてさらにテンションが上がったらしく、上下に腕をぶんぶんさせるネコミ。


 さらに何度かやり取りを重ねて、互いの性癖をバラしあった後、どちらともなく力強く握手する。


「流石だ、ネコミ・キツレガワ」

「ユミリシス殿こそ素晴らしいでござる。まさかここまで話せる御仁に出会えるとは……」


 ネコミが原作と変わっていない事に喜びを抱きつつ、本題に入る。


「実はここに来たのは、ネコミに頼みがあったからなんだ」

「なるほど! 魂の友たるユミリシス殿の頼みであれば、何でも聞くでござるよ! あ、しまった! 何でもって言ってしまったでござる!」


 キャッキャと嬉しそうに笑うネコミに向けて、さらりと告げる。


「俺の家に仕えて、何の制約もなく忍法を使ってみないか」

「乗ったでござる!」


 ネコミが即答した直後、「待つのじゃ!」というしわがれた声が耳に届いた。


 声の方角から歩いてきたのは小柄な老婆だ。


 老婆と言っても、かくしゃくとした立ち姿で、全身から凄みを漂わせている。


「そのような事は許されぬ。ネコミを里の外に出す事も、ましてや皇国以外の地で忍びの力を振るう事も許さぬぞ」


 老婆がネコミを睨みつける。


「うへぇ、おばば……その話はもう勘弁でござるぅ。忍びの力はもっと世界に喧伝されるべきでござるよぉ」

「フン。そう言いながら、所詮しょせんは己の欲の為に力を使いたいだけじゃろう」

「てへぺろ」


 ウインクしながら斜め横にピースサインするネコミ。


 そんな彼女に苛立ちの表情を見せたあと、老婆が俺の方をギロリと睨む。


「大体、お主は何者じゃ。皇国の者すら知らぬこの場所を知り、里の者たちの忍法を尽く突破するとは……」

「ネコミを雇いたかっただけで、この里を荒らす気も、情報を漏らす気もないから安心してくれ」

「信用出来ぬな。たとえネコミの事がなくとも、生きて帰す訳にいかぬ」


 老婆の言葉の直後、森中から感じる敵意や戦意が一段と強くなった。


……ま、そう簡単にはいかないよな。

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