第47話 ※このあと忍びの里は手を出した事を後悔します

「里に踏み入った事、後悔するがよい!」


 告げると同時、老婆が凄まじい速さで手を動かして印を結ぶ。


 直後、地響きと共に大地の下から全長10mはあろうかという巨大な蛇が現れた。


 刀や鎖鎌を持った者たちも次々と姿を見せるが、森の奥にはさらなる気配もあり、総力で殺しに来ている事が伺える。


「あっちゃあ……うーん、ユミリシス殿、ウチを諦める気はあるでござるか?」

「ん? ないぞ。ネコミを求めて来たんだから諦める訳がない」

「お、おおぅ……直球で言われると照れるでござるな」


 ポリポリと頬をかいた後、ネコミが覚悟を決めた眼差しで前を向く。


「ウチも自由への道を捨てるつもりはないでござる。おばばと反対の方角に向けて、二人で逃げるでござるよ」

「なるほど、一点突破か」

「後ろからの追撃はウチが防ぐから、ユミリシス殿はひたすら前を頼むでござる」

「いや、だったら俺が後ろで良い」


 後方から追いすがり攻撃してくる数の方が、当然多い。だったら俺が後ろを担当すべきだろう。


「しかし――んっ」


 言い募ろうとするネコミの唇に人差し指を当てる。秘技・リリスリア式言葉封じ。


「たまには身体を動かさなきゃ、健康に悪いからな」


――結果は語るまでもないだろう。


 俺たちは無数の忍法による追撃をことごとしのぎきり、幾つかの傷を負ったものの無事に山を脱する事が出来た。


 そして、麓で忠実に待ってくれていた怪鳥さんの背に乗り、ネコミと共に霊山を後にするのだった。


「はえぇ……ユミリシス殿、いや、これからは御館様おやかたさまか。御館様は凄いでござるな。伝承に語られる忍びの神もかくやの鬼神ぶりでござった」

「ネコミも凄かったぞ。飛んでくる忍法全部に、最小限の力で対処して……ああいった効率重視のやり方は俺には無理からな」


 ひとしきり互いを褒め合った後、ネコミが「あ、傷の手当をするでござる」と言って俺の服を脱がせてくる。


 そして、軟膏なんこうをペタペタと塗りながら不思議そうに話しかけてくる。


「それほど鍛えているようには見えないのに、あれほどの力を発揮する……摩訶不思議でござるな」


 身体に触れるネコミの手にくすぐったさを感じつつ、自分の手を見つめる。


「確かにな。改めて言われると俺も不思議だ」

「あはは、何でござるかそれ。御館様は面白いでござるなぁ。っと、他に塗り残しは……うん、ないでござるな、ヨシ!」


 指差し確認するネコミに苦笑していると――不意に、彼女がピタリと俺の背中に寄り添ってきた。


 薄い布越しに双丘がむにゅぅっと形を変えて、思わずドキッとしてしまう。


「御館様に見つけてもらえたのは、奇跡でござるなぁ。ウチの趣味を初めて理解してくれて、癖までバッチリで、あんなに強くて、しかも自由への道まで切り開いてくれて……」


 吐息が首筋に掛かり、ゾクゾクッとしてしまう。


「命に賭けてでも守ろうとしたのに、逆に守られてしまって……ウチは本当に、御館様にとって必要でござるか?」

「必要だ、間違いない。俺にはスキル……技術がないからな。いつだって力任せ、能力任せだ。それに、どれだけ強くたって一人で出来る事には限界がある」


 個の力で群に対抗出来る世界、それはイコール、群で強力な個が抑え込まれるという事。


「ド田舎の小国の兵力で大国に備えなきゃいけないんだ。優秀な人材は多ければ多いほど良い」

「ふふっ、ちょっと安心したでござる。くノ一のエロい忍法でしか御館様の力になれないのでは、とか考えてしまったでござるよ」

「薄い艶本が厚くなるやつだな」

「あはは、その表現良いでござるな。今度使わせてもらうでござる」


 パッと俺から離れたネコミは、頬をポリポリと掻きながら言葉を続ける。


「その、もし御館様がそういうご奉仕を求めても、しばらく待ってほしいと言うか……」

「分かってるさ。それに実は俺、婚約者が三人いてな。そういう奉仕はノーセンキューなんだ」

「はえぇ……英雄色を好むというやつでござるな」


 目を丸くしたあと、ネコミは少し困った風な表情になる。


「しかし、そうなるとウチがエロい忍法を実践する機会はなさそうでござるな」

「実践したいのか?」

「身につけた忍法は全部使わなきゃ気が済まないでござる」


 むむむ、と考え込んでいたネコミは、やがてポンと手を叩く。


「つまりウチが御館様を異性として好きになって、告白して、嫁にしてもらえば良いと!」

「俺にも選ぶ権利があるんだが?」

「ウチは純愛派だから、その時はあらゆる手を使って御館様を惚れさせるでござる。ただ、今は……」

「分かってるさ。俺とネコミは魂の友、だろ?」


 ネコミは嬉しそうに目を細めた後、こくんと頷き、マフラーを口元に寄せるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る