第38話 生意気な女の子を分からせる為の冴えたやり方

 辺境伯の書斎を出てしばらく歩いていると、階段の踊り場でウルカと遭遇した。恐らく俺が出てくるのを待っていたのだろう。


「お父様とお話になったのですね」

「ああ。……その、アウゲンブリック卿の事は」

「……、人には天命がありますので。お父様が心安らかであるなら、私も笑って見送りましょう」


 ウルカは悲しげに眼差しを伏せたあと、気持ちを切り替えるように微笑みを浮かべ直す。


……彼女がそう言うのなら、こちらから改めて何かを言う必要はないか。


「分かった。……一応確認するが、ウルカ殿は問題ないのか、嫁入りの件」

「もちろんです。お父様の意向を抜きにしても、私自身、ヴァッサーブラット卿に侍りたいと思っておりますよ?」


 先ほどの辺境伯についての言葉もそうだが、嘘を言っているようには感じない。しかし、何かを隠している気がする。

 いや、この感覚は恐らく――。


「そうか、だったら演じる必要はないぞ、ウルカ。婚約するのに他人行儀っていうのもな。もっと気楽に、素で話してくれ。俺もそうする」

「……、よろしいのですか?」

「ああ、多分そのほうが魅力的だと思う」

「――ふふっ、そーなんですね、意外でした。ユミリシスおにーさんって、年下の女の子に軽口を叩かれるのが好きなんですね」


 小悪魔のような笑みを浮かべ、挑発的なポーズを取るウルカ。見事なまでの変わりようメスガキぶりだった。


……思ったより個性的なのが来たな。


「それじゃ、改めて聞こうか。ウルカは本当に嫁入りに前向きなのか?」

「本当は嫌だ、って言ったらどうしますか?」

「その時は俺の事を好きになってもらえるよう努力する」

「……、へぇー。無理やり手籠めにするとかじゃないんですね」


 ウルカが言葉に詰まったのは一瞬だった。


 すぐに挑発的な笑みを浮かべた彼女は、スカートを軽く持ち上げて太股を見せつけるようにする。


「おにーさんなら、私を組み伏せて虜にするくらい簡単じゃないんですかー?」

「俺は純愛派なんだ。無理やりっていうのは好きじゃない」

「そうですか。じゃあそんな純愛派のおにーさんは、どうやって私を惚れさせるつもりですか?」


 どうやら試されているらしい。……分からせてやらねばなるまい。


「ウルカが俺にしてほしい事を聞いて、叶えられる範囲で叶える」

「へぇー、つまり私が足を舐めろって言ったら舐めてくれるんですか?」

「ああ、良いぞ」

「へっ……」


 呆気に取られたようなウルカの声を無視し、片膝をついて、足に触れて――。


「な、なな何してるんですか!? 馬鹿なんですかぁ!? 冗談に決まってるじゃないですか!」


 慌てて足を引いたウルカに合わせて俺も立ち上がる。


「冗談で何よりだ。けど、これで俺の本気が伝わっただろ?」

「……どうしてそこまでするんですか? 意味が分からないです」

「愛のない結婚はしたくないんだ。貴族としては異端だろうけどな」


 やはり結婚をするならお互い愛し合った上でしたい。


「……、……」


 頬を赤くしつつ、ぐぬぬ顔でこちらを睨んでいたウルカだったが、気を取り直したように再び挑発的な表情を浮かべる。


「そうですか。じゃあ、おにーさんは私を愛せるんですか? 会ったばかりの、自分よりずっと小さい女の子を」


 階段の手すりにもたれ掛かり、扇状的なポーズを取るウルカ。どうやら彼女はへこたれない子らしい。


「ウルカならギリギリ大丈夫だ。もう少し幼いと流石に厳しかったが」

「私が大丈夫って、その時点で随分な年下趣味ですけど。こんな幼い私を抱いてはらませるって、周りから凄い目で見られちゃいますよ?」

「言いたいやつには言わせておけば良いさ。身体に負担を掛けたくないから、ウルカがもう少し成長してからの方が良いだろうけど」

「……、……」


 動揺せず即答するからだろう、ウルカが再びぐぬぬ顔になる。


 追撃の言葉が飛んでこない事を確認しつつ、歩み寄りながら口を開く。


「会ったばかりだけど、ウルカに魅力を感じているのは事実だ。これから一緒に時間を積み重ねていけば、間違いなくウルカに惚れる」

「ぁう……か、顔、近いです……」

「ウルカは、俺じゃダメか? 愛せそうにないか?」


 みるみる顔を真っ赤にしていくウルカ。その瞳に映る俺の顔は、この上なく真摯な表情をしていた。


「み、魅力を感じてるって言いながら、さっきから平然としてるじゃないですか。そんな顔で言われても信じられないんですけど」


……仕方ない。俺がどれだけ我慢しているか教えてやるとしよう。


「ほら、心臓の音を聞いてみろ」

「へっ? ひぁっ!?」


 強引にウルカの頭を抱き寄せて胸の鼓動を聞かせる。智略を下げた瞬間から心臓が早鐘のように鳴っていた。


「……、へぇー。本当ですね。おにーさんの心臓、凄く恥ずかしがってるじゃないですか」


 最初は顔を真っ赤にしていたウルカだが、心臓の音を聞くとニタニタとした笑みを浮かべる。


「もしかして、こうやってギューってしたらもっと照れるんじゃないですか?」


 そして彼女は、自分からピタッと抱きつき、上目遣いで小首を傾げてきた。


 成熟の兆しを見せる柔らかな肢体と、バニラアイスのような香り。


 よろしくない状態になりそうだったので、慌てて引き離すと同時に再び智略を上げた。


「とにかく、これで分かっただろ」

「はい、とーってもよく分かっちゃいました。つよつよなユミリシスおにーさんが、私みたいな小さな女の子にドキドキしちゃう変態さんだって」


 ここぞとばかりに煽り散らかしてくるウルカに、やはり分からせるべきだろうかと真剣に悩み始めたところで。


「……全く、人が悪いじゃないですか。私を愛せるんだったら、最初からそう教えてくださいよ」


 安堵したような声が、耳に届いた。


「私が一方的に好きになっただけで、愛してもらえないんじゃないか……なんて、余計な心配しちゃったじゃないですか」

「それじゃあ……」

「そうですよ。最初から嘘なんて言ってません。お父様以外の誰かの元で過ごすなら、それはユミリシスおにーさんの側が良いです」


 小悪魔めいた笑みも、態度も、そこに俺への慕情があると分かればいっそう魅力的に感じる。


「どうして俺を、って聞いても良いか?」

「ダメでーす、教えません。悩んで悶々として、どうしても我慢出来なくなったら教えてあげます♡」


 そう言って笑う彼女は、悪戯好きで甘えたがりな子猫を連想させた。

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