第36話 辺境ゆえに伸び伸び派手に出来る所はある
演習の流れを確認したあと、俺たちはそれぞれの軍団を伴い、辺境伯領の荒れ地にやってきた。
そして現在、俺たちが見ている前でメラニペが次々と辺境の魔獣たちを手なづけていた。
「いやはや、これは、なんとも……メラニペ殿が魔獣を使役出来る、と聞いた時は信じがたかったが……実際に目にすると、これは凄まじい」
これがメラニペを演習に連れてきた理由だ。
辺境伯領の魔獣たちを大人しくさせつつ、模擬戦闘の相手を務めてもらう算段である。
「なるほど……、魔獣と争う時代は終わったのだね」
溜息を
そこにある
「魔獣たちには知性があります。だから、互いに平和に棲み分けられるならそれが一番良いんです」
「違いないな。やはり私が剣を取る理由は、もう……」
「お父様……」
力なく微笑む辺境伯に、心配そうに寄り添うウルカ。
初対面で人を魅了しようとするとんでもない女の子、という印象だったが、心根は優しいのかもしれない。
「ユミリシス! 新タナ友ガ、コノ中デ最モ強イ者ト戦イタイト!」
「おっと、なるほど。示しはつけたいって訳か」
上着を脱いで前に歩き出すと、一拍遅れて辺境伯が声を掛けてくる。
「ヴァッサーブラット卿、何を……」
「ええ。最近、身体を動かす機会がなかったので。ウルカ殿、これを預かっておいてほしい」
「あ、は、はい」
ちょうど良い位置にウルカがいたので、困惑している彼女に上着を預ける。
「多少ノ怪我ナラ問題ナイゾ!」
「いや、無傷で済ませるから大丈夫だ」
メラニペの頭をポンポンと撫でた後、さらに前へ歩けば、そこに立っていたのは7~8m近い熊の魔獣。
魔狼さんや怪鳥さんには及ばないが、辺境の主だけあってまずまずの武勇値を誇っていた。
「Puuu……?――――!Puuuuuuuu!!」
最初は訝しんでいた熊さんだったが、武勇を引き上げた途端、目を見開いて飛びかかってくる。
迅速果断、全力で俺という人間を殴り飛ばそうとする突風のような暴威。
だが、今の俺にとってはスローモーションでしかない。
「よっと」
大爪の一撃を避けながら右腕を取り、背を向けて、そのまま思いっきり持ち上げて投げ飛ばす一本背負投げ。
「Puuuuu!?」
何が起きたか分からない、そんな混乱とともに宙を舞う熊さん。
「あ、まずい」
上空に投げすぎた。この勢で落ちると怪我をしかねないので、慌てて地を蹴って落ちてくる熊さんをキャッチ。
「ふぅ……。さて、これで認めてくれるか、熊さん」
「Pu、uu……」
返ってきた言葉は、“う、うん……”とでも言うような控えめな、照れた鳴き声。
良かった、無傷で済ませると言ったのに怪我をさせたら格好がつかないからな。
熊さんを降ろした後に周囲を見回せば、魔獣たちも、辺境伯たちも、全員がポカーンとした表情を浮かべていた。
ウチの軍団の面々は苦笑したり、目を輝かせたりしていて、メラニペはと言えば――。
「ムゥ……」
何故か嫉妬の表情を浮かべていた。……もしかして、熊さんは雌だったのだろうか。
とにかく、俺は変な空気になってしまった場を仕切り直すため、パンッと手を叩いて提案する。
「よし、それじゃあ合同演習を始めようか!」
――最初はギクシャクした雰囲気が漂っていたものの、基礎訓練から段階的に進めたからだろうか。
気がつけば、切磋琢磨し合う良い空気感が流れるようになった。
そして、模擬戦闘ではウルカ総指揮の下、魔獣軍団と互角の戦いを見せるのだった。
演習初日が終わり、交流会が行なわれている中、今日の内容を振り返りながらメモをつけていく。
「最優先課題は、やっぱり部隊指揮官の対応力だよな」
辺境伯の軍団がウルカの指示に慣れている、という点を差し引いても、ヴァッサーブラットの軍団は対応に遅れや混乱が見られた。
三人娘ら武官の力で無理やり突破した場面もあったが、人間同士の戦いなら隙を突かれて崩されていたはずだ。
「新しく人材を登用するなら、指揮官タイプが優先か……」
でもそろそろ諜報部隊の編成も考えたいんだよな、と。
そんな事をつらつら考えていると、アウゲンブリック卿が話しかけてきた。
「ヴァッサーブラット卿。少しばかり時間を頂けるかな」
「どうかしましたか」
「実は、ヴァッサーブラット卿に折り行ってお願いしたい事があってね。書斎で話したいのだよ」
「ええ、良いですよ」
いわゆる密談の誘いだろう。
さて、一体どんな打ち明け話をされるのだろうか。
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