第35話 辺境伯が凄い地位である事は言うまでもない
合同演習当日。俺は辺境伯領の領主館、その応接室で辺境伯と挨拶を交わしていた。
「やぁ、ヴァッサーブラット卿。このような田舎まで足を運んでくれるとは、実にありがたい事だ」
「いえ、急な話にも関わらず快諾して下さりありがとうございます、アウゲンブリック卿」
若かりし頃は多くの女性を虜にしたであろう顔立ちと、色褪せてはいるが優雅に整えられた長い銀髪。深い叡智を宿した月色の瞳。
凛々しくも紳士然とした初老の男性……クリシェン・フォン・アウゲンブリック辺境伯。
かつて銀月の貴公子と呼ばれ、戦場で名を馳せていた人物である。
ステータスは武勇が高めのバランス型。女性が強い世界なので、優秀な男性に出会って嬉しくなった。
「そして、そちらの方が……」
「ウム! メラニペダ、ヨロシク頼ム!」
隣にいたメラニペが一歩前に出て挨拶をすれば、辺境伯は微笑みと共に頷く。
「いやはや、それにしても……ヴァッサーブラット卿もメラニペ殿も素晴らしい風格だね。実によくお似合いだ」
「ソ、ソウカッ! エヘヘ……オ前ハ良イ人間ダナ!」
照れたように笑うメラニペ。
おべっかを見抜いて嫌うメラニペが素直に喜んでいるので、心からの褒め言葉だったのだろう。
「それで、アウゲンブリック卿。今回の演習は貴方が総指揮を?」
「いやいや、私はもう老骨の身だからね。演習という事もあり、娘に任せる
「はい、お父様」
クリシェンに言われて入ってきたのは、クラーラよりは大人びているものの、十分にあどけなさを残した女の子だった。
気まぐれに揺れるボブカットは透明感のあるアッシュグレイ。茶目っ気あふれる瞳は美しい月を連想させる金色。
新雪のような白い肌を包むのは、黒を基調としたガーリーな装い。ミニスカートから覗く太股が眩しい。
整った顔立ちに浮かぶのは、己の可憐さを理解するがゆえの自信にあふれた微笑み。
「お初にお目にかかります、ヴァッサーブラット卿。ウルカ・フォン・アウゲンブリックと申します、以後お見知りおきくださいな」
幼さと相反する蠱惑的な声、計算し尽くされた仕草。
それは、並の男なら一発で幼女趣味に堕としかねない破壊力だった。
「ああ。よろしく頼む、ウルカ殿」
もちろん俺は惑わされない。こっそり智略を上げておいたのはここだけの秘密だ。
「――――」
俺が平然としていたからか、ウルカが少しだけムッとした表情になる。垣間見えたその反応は年相応で微笑ましい。
「ウルカはまだ若いが、十分な実力を持っているからね。
「はい、実りのあるものに――ケホッ、コホッ」
「大丈夫かな、ヴァッサーブラット卿」
「え、ええ。申し訳ない。大丈夫です」
ウルカのステータスを閲覧した瞬間、驚きすぎてむせてしまった。
いずれの能力も高いバランス型である以上に、スキル欄に燦然と輝く【天才・Lv3】の文字が問題だった。
それは、あらゆる汎用スキルの効果を再現出来るもの。Lv3だから一流の域で再現可能だろう。
まさか野生の天才がこんな所にいたとは……。
「なるほど確かに、この合同演習は良い経験になりそうです」
【剣術】などの戦闘系スキルはもちろん、【指揮】や【計略】と言った戦争系スキルまで何でもござれの【天才】スキル。
思わぬ逸材の発見と、彼女がディアモントの人材であるという事実に心が踊った。
そんな俺を見て辺境伯が感嘆の吐息をこぼす。
「なるほど、ヴァッサーブラット卿は人を見抜く目もお持ちのようだ。ウルカの事を歳や見た目で判断する者も多いのだがね」
「その歳でここまでの立ち振る舞いが出来る事、それだけでも驚きですし、瞳にもアウゲンブリック卿によく似た叡智が垣間見えます」
「はっはっは、実にありがたい言葉だ。なぁ、ウルカ」
「はい。お褒めに預かり光栄です」
ウルカの方は、魅惑的な淑女を演じている雰囲気を感じるが……それを抜きにしても、親子仲は良好なようだった。
随分と歳が離れた父娘だな、とも思うが、そこを気にするのは野暮というものだろう。
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