第15話 SYU☆RA☆BA

 レーゲンを通じて他領の内情も多少分かるようになったのだが、その中に気になる情報が幾つかあった。


 一つはとある領主の他国との内通疑惑。もう一つは国内における山賊の数が減少しているという報告だ。


「内通疑惑に関してはレーゲンが調査中って事だから、置いておくとして……アイル、どう思う? どの領地でも山賊の数が減少傾向にあるって話」


 レーゲンから送られてきた書類に目を通しながらアイルに問いかけてみる。


「何か施策をした訳でもないのに減っているので、不自然ではありますねー」

「ああ。討伐された訳でもなく、魔獣と交戦した跡がある訳でもないのに減っている……つまり、息を潜めているんじゃないか?」

「少なくない数の人間が一斉に消失したと考えるよりは、それが自然だと思います。ですがそうなると、地味に厄介な問題かもしれませんね」


 どの領地でも息を潜めている。それはつまり、国内のならず者たちが統制されているという事だ。


「とは言え、まだこちらから何か行動を起こせる段階じゃないか」

「ルリ様の雇用費が半分返ってきたお陰で余裕も出来ましたし、そろそろ本格的な諜報部隊を設立しても良いかもしれません。山賊の件もそうですが、今後は遠く離れた他領や国外の情報も積極的に集めていきたい所です」


 領内と周辺地域の情報程度であれば、アイルの手腕でどうとでも把握出来るが、それ以上を求めるなら確かに専門の部隊は必須だろう。


「という事で御主人様、優秀な諜報員の女の子を連れてきてもらえませんか?」

「ピンポイントな要求だなぁ」

「心当たり、ないんです?」


 もちろんある。


「ただ、かなりの長旅になるから時期は見極めたいところだな。少なくとも王城と王領直轄地の配置転換を済ませてから向かいたい」

「では、そちらが完了したらすぐに出立出来るよう、旅支度を進めておきますね」

「ああ、よろしく頼む」


――そんな会話を交わした俺たちだったが、数日後に発生した予期せぬ出来事により、予定の変更を余儀なくされる事になる。


「……は? 魔獣を連れた女の子の目撃証言?」

「はい。巨大な魔狼を連れた褐色肌の女の子が、御主人様の名前を出して領内を彷徨っているみたいです」


 それはどう考えてもメラニペだが、なぜ今この時期に来ているのだろうか。


「分かった。俺が行って対応しよう。……ちなみに、被害は出てないか?」

「それは大丈夫です。どうやら魔狼は完全にその少女の制御下にあるらしく、人を襲う様子は見られないと」


 安堵と共に胸を撫で下ろせば、アイルがハッとした表情になって再び口を開く。


「新しい女の子が増えます!?」

「本当にブレないヤツだなぁ」

「えへへ、褒めても何も出ないですよぅ」


 そんなやり取りを経たあと、外套を羽織った俺は久しぶりに馬を走らせ、領内を駆ける。


 風を切る感覚は爽快だが、心の内を占めるのは不安だった。


 原作知識が使えるとは言え、この世界は現実だ。それに、好き勝手にしている影響がどこに出るか分からないのだから。


「いや、それでも出来ることをやっていくしかないんだよな」


 弱気になりそうな感情を全て吐き出したあと、右手でパシンと頬を叩いて気合を入れ直した。


 それからさらに馬を走らせて、多少時間はかかったものの無事にメラニペを発見することが出来た。


「オオ! ユミリシス、ヨウヤク会エタナ!」


 草原地帯で魔狼の体毛にくるまって眠っていたメラニペは、俺に気づくとパッと目を覚まし、満面の笑顔で飛びついてくる。


「っと……どうしたんだよ、メラニペ。こんな突然」


 並の人間ならそれだけで吹き飛びそうな突進を受け止めつつ、疑問を投げかける。


「ウム! オ前ノコトガ忘レラレナクテ! ソレト、オ前ノ森ヲ見タクテ会イニキタ!」


 満面の笑みと共に告げられた言葉に安堵する。嫌な予感は杞憂だったらしい。


「そうか。会いに来てくれて嬉しいよ。そっちも、久しぶりだな」

「Gruu!」


 “おう、久しぶりだな!”と言わんばかりの鳴き声を上げる魔狼さん。殴り飛ばした事は根に持っていないらしい。


「それにしても驚いたな。まさかメラニペがこんなに早く会いに来るなんて」

「迷惑ダッタカ……?」

「まさか! 嬉しいに決まってるだろ」


 潤んだ瞳で不安げに見上げてきたので、頭を撫でてやりながら安心させる。


「ン、良カッタ。ユミリシスノ手ハ、ヤハリ落チ着クナ……」


 安堵の表情を見せながら、ギュッと俺にしがみついてくるメラニペ。


「オ前ガ去ッテカラ……ココニ、ポッカリ穴ガ開イタヨウナ気持チニナッタ」


 自分の胸を指差しながら、彼女は心情を吐露していく。


「初メテダッタ。皆ト遊ンデモ満タサレナクテ……キュゥット胸ガ苦シクナッタンダ」

「……、……」


 思わぬ告白を受けて言葉に詰まる。


 孤高に生きていた彼女を変えてしまったのは、俺だ。

 それはメラニペたちを救いたいと思ったからだが……歴史を変えた結果、今、彼女は寂しさで震えている。


……これは、責任を取らないといけないな。


「メラニペ、キミが俺にしてほしい事を教えてくれ」

「ワタシハ……ワタシハ、ユミリシスノ側ニイタイ。出来レバ、皆モ……」


 それはつまり、出来るだけ早く移住したいという事だろう。


 とは言えまだ先の予定だったから、土地は用意してあるが移住の準備は進んでいない。


「アイルは今、手が離せないからな……ルリに相談するか」

「アイル? ルリ?」

「ああ。アイルは俺の秘書官で、ルリは婚約者だ」


 その言葉を聞いた途端、ピタリとメラニペの動きが止まった。


「……ワタシガ初メテデハ、ナイノダナ」

「え、あー、それは……」

「――ユミリシス。ルリ、トヤラノ元ニ案内シテクレ」

「わ、分かった」


 これはもしや、修羅場というやつだろうか。


 魔狼さんに視線を向けると、気まずそうな表情で顔を逸らされた。


 という事で、俺はメラニペと共に魔狼さんの背に乗り、魔石採掘を行なっているルリの元へやってきたのだが。


「は、えっ!? ま、魔獣!? 何でこの規模のやつがいきなり!?」


 魔石の発掘作業をしていたルリは、叫び声を上げながらも即座に虚空から杖を取り出す。


「――ま、良いわ。ちょうど良いから、魔石の効果を試させてもらおうじゃない!」


 そして、杖をクルクル回してからカッコいいポーズを決めて、不敵な笑みとともに魔法の発動を……。


「待て待てルリ! ちょっと待て―――――!!」


 慌てて魔狼さんの背中から飛び降りて、ルリの元へ駆け寄る。


「えっ、ユミリシス!? えっ、どういう事なの!?」


 目を丸くして驚いた様子も可愛い……ではなく。


「あの魔獣は味方だから安心してくれ。実は……」


 事情を説明すると、ルリの目つきも鋭いものへと変わっていった。


「ふーん、そう。そういう事」

「メラニペダ! お前ガ、ユミリシスノ嫁ダナ! 話ガアル!」

「ええ、良いわよ。場所変える? 二人きりのほうが良いでしょ?」

「望ムトコロダ!」

「あー、二人とも……穏便に、な?」


 俺の言葉が聞こえているのかいないのか、二人はズンズンと歩きながら近くの休憩小屋へと向かっていく。


「……なぁ、魔狼さん。ついて行くべきじゃないよな?」

「Gruu……」


 魔狼さんから返ってきたのは、「せやなぁ」みたいな反応。


「頼むぞ、二人とも……」


 何かあればすぐに駆け出せるようにしつつ、ソワソワと落ち着かない時間を過ごすのだった。

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