第14話 雨を振らせて、地を踏み固める
歴史を感じさせる石造りの城内を歩きながら周囲を観察する。
行き交う文官たちのステータスを覗いてみれば、明らかに適正と合ってない仕事をしている者たちがチラホラいて、もったいないな、と思う。
「――む、ヴァッサーブラット卿か。貴公、このような所で何をしている」
執務室が見えたところで後方から届く言葉。振り返った先にいたのは、ブラウンの髪を綺麗に揃えて撫でつけた男性。
海色の眼差しに険しさを宿した彼は、間違いなくブラッツ・フォン・レーゲンだった。
「そう言えば今日が登城の日だったか。しかし、何故ここにいる? 陛下との話が終わったならさっさと立ち去ればよいものを」
言動の端々からにじみ出る敵意を感じつつ、言葉の棘を受け流して口を開く。
「ああ、レーゲン卿と話がしたいと思ったんだ」
「話だと……? 貴公と話すようなことなど何もない」
けんもほろろな対応だが、想定の範囲内である。
「“まずは話し合い、互いを理解することこそ大切な一歩”……常々そう口にしているレーゲン卿らしからぬ言葉だな」
「む……何故それを知っている」
「俺は貴方の手腕を認めているし、気にもかけている。自然と情報は耳に入ってくるさ」
「貴公が、私を……?」
信じられないと言った眼差しだが嘘ではない。
口癖に関してはクラーラから聞いた情報だが、優れたステータスを持つ男性という事で印象に残っていたのも事実だった。
「ということで、どうだろう。一度じっくり話し合ってみるというのは」
「……、良かろう。そこまで言うなら時間を取ろうではないか」
警戒と敵意は見え隠れしているものの、言葉の棘は減っている。第一段階は無事にクリアだ。
俺を伴って執務室に入ったレーゲンは、待機していた使用人に紅茶を淹れさせてから一対一の場を作る。
「それで、用件はなんだ」
「ブラッツ・フォン・レーゲン摂政閣下。俺はこの二年間でヴァッサーブラット領の収支を何倍にもした。これは控えめに言っても凄いことだと思うが、どうだろうか」
「……、そうだな。ありえないほどの成果だ」
苦々しげ、というよりは、意味不明な事象に対する困惑を感じる。そんな反応を見てクラーラの言葉を思い出す。
『理解はできずとも、凄さは認めている――それがレーゲン卿からユミリシスへの評価です。だから、決してユミリシスが嫌いなわけではないのです』
『ではなぜユミリシスを警戒しているのかと言えば、独立や謀反を疑っているからなのですね。ユミリシスが国を裏切ったときに対処出来るよう、備えなければいけない……そんな無理難題が彼の心を追いつめています』
『ですから、まずは“絶対に裏切らない”ことを信じさせるとよいと思います』
「収支を改善するために俺は昼夜を問わず奔走した。身も心も削った。どうしてだと思う?」
「貴公が己の胸の内を明かすというのか?」
「ああ、何も隠すようなことなどないからな」
一息。
「俺は、俺の領地が絶対に侵されることのない力が欲しい。大切な人たちと領民に、安寧と幸せをもたらしたい。全てはそのためだ」
嘘偽りのない本音をまっすぐに伝えながらレーゲンの目を見据える。
「だからディアモント王国がその願いに背かない限り、俺はこの国と共に在り続ける。決して裏切らない。信じてくれ」
「それは……、……」
高い統率と政治を伴った心からの言葉に気圧されている。そう確信した俺はさらに言葉を重ねていく。
「領地の改革が一段落したから、これからは軍事力を高めていく予定だ。王国が全面的に信頼して支援してくれるなら、その軍事力をもって全力でこの国を守護すると誓う」
「……、貴公の気持ちは分かった。そこに嘘偽りがないことも伝わった。しかし……女王陛下が懸想している件はどうするつもりだ」
次の関門。しかしその問いかけに対する答えも用意している。
「陛下が俺を贔屓することで、他の貴族の反発を買って国が荒れるのでは……そう言いたいんだな」
「その通りだ! 事実、貴公を危険視する声や陛下の資質を疑う声も出ている!」
声を荒げたあとに唇を噛みしめるレーゲン。
クラーラの資質を誰よりも間近で感じているからこそ、諸侯に侮られることが嫌なのだろう。
「ヴァッサーブラット領で成果を上げた施策を他の領地にも提供する。それでどうだ?」
「何……? それは、本当か?」
信じられないといった表情を見て取り、さらに畳み掛ける。
「何なら技術者の貸与もするぞ。ここまでやれば他領からの批判も抑えられるはずだ」
もし他領を通じて他国に技術が流出しても問題ない。
俺がルリとともに始める魔石事業――その技術さえ独占し続ければ、それ以外の流出は
「ただ、技術提供を円滑に進めるには国との、レーゲン卿との連携が不可欠だ。ここまで言えば、どうして話をしたかったか分かってもらえるだろ?」
「……、すまない。私は、貴公という人間を見誤っていたようだ」
謝罪の言葉を受けた俺は表情を笑みに変えて、励ますようにポンポンとレーゲンの肩を叩く。
「こっちも心の内を話したことはなかったから、お互い様だ。客観的に見れば、確かに独立の準備をしていると見られてもおかしくないよな」
いや、実際に独立も視野に入れて内政に取り組んでいたのだが、それは言わぬが花だろう。
「という事で、協力してくれるよな」
「ああ。そういう事であれば私が貴公を否定する理由はない」
第二段階も無事にクリアしたので、俺はポンと手を叩き、さも今思いついたと言ったように口を開く。
「そう言えば、レーゲン卿はチェスが得意だとも聞いている。お互いのわだかまりもなくなったところで交流しないか?」
「……、フッ。良いだろう。だが、私は強いぞ」
レーゲンは驚きの色を浮かべたあと、納得したような表情になり、最後には笑みを浮かべて答えた。
チェスの誘いを友好の証と思ったのだろうか。間違いではないが、このチェスこそ心酔してもらうための最後の一手だった。
智略を上げて、レーゲンが絶対の自信を持っているチェスで良い勝負をした上で勝利し、感服させる。
その上で統率を高めてカリスマ性を示せば心酔してくれるだろう、という発想だった。
そうして互いに駒を動かしながら、時間が流れて。
「――チェックメイト」
部屋に響き渡る俺の声。対面に座るレーゲンは驚愕の表情を浮かべたあと、緩やかにため息を吐いてソファに沈む。
「私の負けだ。チェスには、自信があったのだがな……」
「いや、実際強かった。かなり良い勝負だったじゃないか。凄く楽しかったぞ」
「フッ……確かにな。これほど心躍る対局は初めてだった。負けたというのに、悔しさよりも満足感がある。不思議なものだな」
余韻を楽しむように瞳を閉じたあと、再び目を見開いた時、レーゲンの顔には畏敬の色が浮かんでいた。
「認めよう、ヴァッサーブラット卿。貴公はどうやら、頭脳面においても私の上を行くらしい。完敗だ」
「ありがとな。でも、ここまで白熱した戦いが出来たのは俺も初めてだ」
立ち上がり、レーゲンに向けて手を差し出す。
「俺が陛下を、この国を導くための方法を指し示す。それを実行してくれ」
「……っ」
ハッとした表情になってから、フッと笑みを浮かべるレーゲン。それは肩の荷を降ろした男の顔だった。
「陛下を、この国を……私を導いてくれ、ヴァッサーブラット卿」
――こうして俺は、ディアモント王国の中枢を掌握した。
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