第13話 愛国心×恋心=
王城に登城した俺は、速やかに女王の私室に通された。
「来てくださり感謝しますわ、ユミリシス。あなたがまた来てくださる日を心待ちにしていましたのよ? 毎日でも会いたいくらい」
腰まで伸びた煌めく銀髪をツインテールにした、花のかんばせを持つあどけない少女。紫色の瞳はまるでアメジストのように美しい。
彼女こそ幼き女王、ケイテ=クラーラ・フォン・ディアモント。アイル同様、設定資料集にしか名前が載っていなかった人物だ。
誰よりも深く国を想う純粋無垢な姫君と記述されていたが、どちらかと言えば、狂気的なまでに国を愛していると言ったほうが正しい気もする。
「毎日来るには王城に仕える必要がありますね」
「あら、わたくしと婚姻を結んで王配になってくだされば、毎日会えますわ」
目をキラキラさせた彼女の言葉が本気であると、もちろん分かっている。
とは言えはイエスと言うわけにもいかないので、「ははは」と笑いながら流すのが恒例となっていた。
「それと、以前も言いましたが敬語はやめてくださいな」
「しかし、陛下」
「クラーラです」
「……はぁ。分かったよ、クラーラ」
他の貴族の前でもクラーラと呼びそうになるので、勘弁してほしいというのが正直な所だった。
「それで、最強の魔法使いとやらは無事に雇用出来たのですか?」
「ああ、問題なく」
「それは何よりです。ですが、わたくしを頼ってくださればいくらでも国庫を開かせましたのに……」
「気持ちだけ受け取っておくよ。それに、雇用費の半分が返ってきたしな」
「え? 返ってきた? 最強の魔法使いとやらはそんなに安価でしたの?」
きょとん、とした表情のクラーラの瞳をまっすぐ見て、言葉を続ける。
「ルリ・エルナデット……ルリを婚約者として迎え入れたから、彼女に支払われる分がそのまま持参金として返ってきたんだ」
ぽかん、とした表情になるクラーラだが、信じられないのも無理はない。俺だって魔導都市を出て数日は毎朝ほっぺたをつねる日々だったのだから。
「婚約……? ユミリシスが?」
「ああ。落ち着いたら結婚式を挙げる予定だ」
「傭兵の魔法使いと?」
「ああ」
平然と話しているようで内心はドキドキだった。クラーラがどう反応するか分からなかったからだ。
しばらくボーッとしていた彼女は、やがてハッとした表情になると目を輝かせる。
「なるほど、流石はユミリシスです。一門化することで雇用費をゼロしにしつつ、恒久的に最強の魔法使いを運用可能になる……とても効率的ですわ」
結果的にそうなっただけなのだが、納得してくれたなら恋愛方面に話をこじらせる必要もないだろう。
「それにしても、これでますますヴァッサーブラット領が繁栄しますね。我がことのように嬉しく思います」
「俺が言うのもなんだが、そうやって贔屓してると他の貴族から反発を受けるぞ」
「ほかの方々がユミリシスと同じくらい成果を出してくださるなら、同じくらい贔屓しますわ。けれどみなさん、ちっとも収支を増やしてくださらないのよ?」
ぷくっと頬を膨らませる様子はたいへん愛らしいが、飛び出た不満には可愛らしさの欠片もなかった。
「ユミリシスは二年で領地の収支を何倍にもしたのに、ほかの方たちは横ばいですもの。いっそユミリシスがすべての土地を支配してくださればよいのに」
流石にウチの領地を例に挙げて他の領地を貶すのは理不尽というものだ。
昼夜を問わず奔走し、領内各地でステータスに沿った最適な人材配置をした上で、現代人としての知識をフル活用して領地改革に取り組んできた日々を思い返す。
「同じことを他の領地にもやってくれ、って言われても無理だからな。俺が過労死してしまう」
「まあっ、ユミリシスにも無理なことがあったのですね」
くすくすと笑うクラーラだが、もちろん無理なことはある。どれほど超人的な性能を発揮しようとも、精神的な疲労はどうにもならないのである。
「他の領主に無茶をふっかけるのもダメだぞ」
「ほかの方々にはなにも期待していないので大丈夫です。それに、もし謀反が起きたとしてもユミリシスが守ってくださるでしょう?」
「それは……そうだけどな」
クラーラが女王のほうが都合が良いのはもちろんだが、情が移っていることも否定できなかった。
曇りなき眼に宿る全幅の信頼を見ていると、助けてやりたいな、と思ってしまうのである。
「ふふっ、だからユミリシスは好きです。ほかの者がわたくしを見る目には、利用しようという色しかありませんが……ユミリシスは、利用しつつもたしかな情を向けて下さいますもの」
熱に浮かされたような声と共に席を立ち、俺の側までやってくる。そして、しなだれかかりながら潤んだ瞳で囁きかけてくる。
「あれ、してくださいな。ユミリシスがもっと魅力的になる魔法」
いつにも増して積極的なのは、会えない期間が長かったからだろうか。
「少しだけだぞ」
クラーラの言葉に応えるため、武勇を下げて統率を上げる。途端、変化は劇的だった。
「はあぁ……。あぁ、ユミリシス……。やはりあなたしか考えられません……」
頬を紅潮させながら、瞳をとろんとさせて熱っぽい吐息をこぼすクラーラ。
あ、これは危険だ――そう思い、クラーラの唇に人差し指を当てる。秘技・リリスリア式言葉封じ。
「……、ユミリシスが意地悪です」
クラーラは呆気に取られた表情をしたあと、ぷくっと頬を膨らませる。
「今、明らかにキスしようとしてただろ。そういうのはダメだ」
「それは道徳的にですの? それともわたくしが幼いから?」
「どっちもだ」
「分かりました。もっと魅力を磨いてユミリシスの道徳を溶かしてみせます」
ムッとするような表情で宣言したあと、クラーラはその表情を真剣なものに変えて再び口を開く。
「わたくしを愛していただけないのは残念ですが、それはそれとして、そろそろユミリシスにはわたくしを上手く使っていただきたいです」
「ああ、俺もその話をしに来たんだ」
「流石はユミリシスです。今のディアモント王国では戦乱の時代が訪れたとき、立ち向かうことができません。この状況を変えるためにあなたの非常識を振るってくださいな」
「若き女王を利用して国を好き放題改革する侯爵、か。悪徳貴族として後世に名を残しそうだな」
「名も残せず消えてしまうよりは、はるかによいです」
それは間違いなく同意見だった。
「で、だ。そうするために障害になるのが摂政閣下殿になるわけだ」
「レーゲン卿は優秀で国思いですが、常識的すぎてユミリシスの飛躍についていくことができないところが困りものです」
「俺としてはクラーラの順応性が怖いけどな」
「結果がすべてですわ。過程や思考に興味などありません。ユミリシスは誰よりも効率的に自領を富ませていて、それが結果的にこの国の豊かさにも繋がっている……それだけで十分です」
どこまでも極端な考え方だな、と苦笑する。
「その期待には応えられるよう頑張るとして、どうすれば摂政閣下殿の心を開かせる事が出来ると思う?」
「ユミリシスなら難しくありませんわ。まずは――」
クラーラから聞いた情報は確かに納得できるものだったので、俺は彼女の部屋を出たのち、摂政用の執務室に向かうことにした。
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